駄菓子屋

※以下は、拙著旧ホームページのテクスト再録([ウェブ茶房Utaro]2003年付「駄菓子屋」より)。

 小学校の裏門の目の前に、小さな駄菓子屋があった。夏休み、学校のプールで泳いだ帰り、よく友達とその駄菓子屋に寄り道して、そこの店のお好み焼きを注文した。
 駄菓子屋のおばさんは、白髪交じりでしわだらけで、べっこう飴をやや煮詰めすぎたような顔色で、それが日焼けのせいなのか、よくわからなかったが、とにかく、夏の季節ともなると、子供相手にかき氷やら粉末ソーダ水やらをこしらえてくれて、せわしく楽しそうに、大声でよく笑っていたものである。
 お好み焼きは、その店でいちばんの人気商品だった。子供たちは、お好み焼き目当てでその駄菓子屋に行く。だが、お好み焼きが目の前に現れるまでが長い。畳一畳ほどの鉄板の周りに座って囲み、メニューの中から好きなものを選んで、おばさんにその具入りの生地を作ってもらう。その間、子供たちは鉄板のガス栓を開けて用意し、皿やらハガシ(小さなヘラ)などの食器類を揃えておく。

 青のり 60円
 桜エビ 80円
 イカ  80円
 紅ショウガ 60円
 ミックス 200円

 だいたいそんなようなメニューだったと思う。子供向けのお好み焼きだから、たいした食べ物ではない。
 水で溶かれたメリケン粉の生地が入っているマグカップは、原色の赤や青や黄で塗られたステンレス製である。私はこのマグカップが好きだった。ややもすると、このマグカップ見たさにお好み焼きを注文することだってあった。液状化したメリケン粉生地の上に、各々の具が乗っかっている。
 鉄板から白い煙が立ちこめる頃、おばさんがマグカップをいくつも抱えて持ってくる。あとは、自由気ままに自分たちで生地を鉄板に流し、広げればいい。おばさんはここで、どこかへ退散する。

 生地には卵が入っていない。
 だから火が通っても乳白色である。
 その透明な乳白色の中に、青のりの鮮やかな色が引き立つ。味は何とも不可思議というか、粘り気があり、具と油とソースの味だけで、きわめて単純であった。

 その駄菓子屋はやがて、私が中学校に通うようになってから没落した。元々釣具屋だったのが駄菓子屋になり、他にも鰻屋やら定食屋にも衣替えした風変わりな店だった。さすがに定食屋では子供も寄りつかず、周囲の住宅地も閑散としていて、大人の客が来るとは思えなかった。そうした土地柄、没落は時間の問題であった。

 日が短くなった秋の夕暮れ、突然冷たい木枯らしの風が吹く。沼地だった土地を埋め立ててできた小学校の近辺は、風が特に冷たい。暗くなって帰路につこうとする子供たちの手は、みんな凍り付いていて悴んでいる。あの駄菓子屋にも、冷たい木枯らしが吹いた。

コメント

過去30日間の人気の投稿