志を得ざれば再び此地を踏まず

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2010年8月2日付「志を得ざれば再び此地を踏まず」より)。

野口英世生家
 Wikipedia“野口英世”が面白く、私が耽読した児童伝記シリーズの『野口英世』(宮脇紀雄著)とはまったく違った“野口英世像”が記されており、それらをひっくるめてもやはり“偉人”であるということがわかります。

 さて私は先週の27日に磐越西線の猪苗代駅を降り、晴天に恵まれて1日目の会津旅行を楽しみました。磐越西線の駅々はほとんど無人駅なのですが、それでも猪苗代駅はまだ大きい方で、無人駅ではありません。駅舎はやはり長閑で国鉄時代の駅の名残があります。

 炎天下で日差しは強いのですが、冷たい風がどこからか吹いて、言わば「昔懐かしい感じ」の夏の暑さを覚えました。猪苗代駅から「野口英世記念館」まではバスで10分程度の所にあります。ところが私は敢えて…敢えて、徒歩で記念館まで向かうことにしたのです。

 この炎天下で無謀だとは思ったのですが、この冷風が吹く限り大丈夫なのではないかという思惑もあり、またせっかく猪苗代に来たのだから、その空気を吸いながらこの地を見て歩きたいと、徒歩を断行しました。

草花に励まされて記念館へ
 さすがに歩いた歩いた。

 猪苗代駅を迂回して南下し、まず国道49号線に出るまでの長い直線距離。しかし歩く肩越しに見える磐梯山が実に鮮やかで自分を激励しているかに思え、何とか頑張って歩き続けました。

 記念館まで1時間は歩いたでしょうか。腹が減ったので食堂で山菜の入った蕎麦をいただき、しばし休憩。冷房などなく、外からびゅうびゅう風が吹いてきて懐かしい涼を感じました。

 目的地の野口英世記念館。

 野口英世が生まれた家を間近で見た瞬間、ああ、あの頃の夢がようやく叶ったと思いました。

 そう、小学2年の、あの親友が読み聞かせをしてくれて、野口英世の偉人伝に感動した時。いつか会津を訪れて、その野口英世の故郷を見てみたいと。その家を訪れたいと――。

生家にある囲炉裏
 野口英世が左手に火傷を負った、囲炉裏。

 言うなれば、彼の人生の原点、原初がこの囲炉裏であったのです。この囲炉裏から、野口英世という人生が始まった。凄まじい執念で出世をし、野口清作という人間の上書きをしたわけです。

 床柱に刻んだ決意文なるもの、
《志を得ざれば再び此地を踏まず》。

 確かあの時、私の親友もこの言葉を口にしたと、ふと記憶が甦ります。

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