パーソナル無線の話

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2010年8月26日付「パーソナル無線の話」より)。

 8月17日付のブログ「私のラジオの思い出」で書いた通り、中学生時代は“ミニFM放送”で遊んでいました。

 実はこの時の仲間は、以前ブログで綴った「琥珀色の少年」の“少年”でもあります。専門学校在籍当時にばったり再会した、という話ですが、おそらく今、30代半ばを過ぎた彼にすれ違ったとしても、私は気づくことができないと思います。もはやあの時にその面影の半分が失われていたのだから。

 しかし面影などどうでもよく、本質的には、その内面の《少年性》がどれほど失われたか、が肝だと思います。言い換えれば、大人になっても、その人の《少年性》がいかに保たれ、瑞々しいままであるか。

 “ミニFM放送”でごっこをして遊んだ彼との思い出はまだまだ潰えません。

 性格的に、私も彼も、同じくらい何かに熱中するタイプで、ある時、こうしたことを思いついたのです。夜な夜な、いやそれ以外の好きな時間に、お互いが連絡を取り合う手段は電話以外ないのか…いやある…パーソナル無線を買って通信し合おう。

 1982年に登場した「パーソナル無線」というホビーは、アマチュア無線のような筆記試験がない、画期的で新しい無線機の規格でした。よし、お互いこれをなんとか買って(親を説得して買ってもらって!)、夜な夜な、いやそれ以外の好きな時間に(!)、秘密裡の通信をしよう…と(※実際は無線なので秘密裡の通信はできない)。

 そこでどこからか――おそらく秋葉原の電機店だと思うのですが――パーソナル無線のパンフレットを数メーカー分入手してきて、二人でどれがよいか検討を始めました。そうして最終的に選んだのは、三菱の「ウィスパーノット」というハンディ無線機でした。

 ハンディ機で空中線電力(送信出力)が5Wとは、当時の最高電力でした。デザインも垢抜けていて「ウィスパーノット」は他のどのハンディ機よりも素晴らしいと思えたのです。

 それからしばらくして、なんとか私は「ウィスパーノット」を親に頼み込んで買ってもらい、無線機の所定の申請をしたのですが、一向に彼は無線機を買う気配がありません。

 え!? という私の内なる動揺。

 とうとう彼は無線機を手にしませんでした。…熱しやすく冷めやすい性格。というか高校受験を控えているのだから当然と言えば当然の話。

 さて私のウィスパーノットはどうなったかというと、別段無駄にはなりませんでした。その後入学した高校は工業高校なので、無線機その他パソコンや電子部品や旋盤、溶接器具などを扱うのはある意味茶飯事。しかし高校3年になって、アマチュア無線を取得したいという工業のクラスメートがどうしてもパーソナル無線をやってみたいというので、半ば強引な取引沙汰で彼に譲ってしまいました。

 現在、無線機のスプリアス規定といった技術基準の改正に伴い、パーソナル無線機は使用を制限されています(総務省のホームページ参照のこと)。パーソナル無線の歴史もまもなく終わりがくるということです。

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