旧會陽医院の喫茶店

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2010年8月3日付「旧會陽医院の喫茶店」より)。

会津若松市の會津壹番館
 旅行に出かけると、その土地の風土からくる様々な生活習慣、あるいはルールというものに触れることがあります。visitorはそれに対する戸惑いを最初に感じ、そのうち自然と順応していく中で、その土地に馴染む、好むという感覚に行き着くわけですが、旅行の面白さは、まったく初めての土地にぽんと身を置かれた時、言わば五感がすべて活発に働き出し、物理的対処に精を出す快感というのがあるのではないかと思います。

 会津旅行の初日に猪苗代駅に降り立った瞬間、もう既に〈またこの地を訪れたい〉という欲求が芽生えたのは、非常に珍しいことでした。つまり「もう一度ここに来たい」と感想を抱くのは当然、旅の末尾であるはずなのに、今回の私の場合、末尾ではなく冒頭のかなり早い段階でそう直感したのは、よほど「身体が会津を気に入った」のだということになるわけです。

 旅行の2日目に「會津壹番館」という喫茶店に入りました。

 ここは野口英世が左手の火傷の手術を受け、後に書生となった旧會陽医院で、造りは当時のままということです。

 中へ入るとさらに古めかしく、木造家屋には格調の高い芸術的な装飾の施された照明が吊され、優雅な時代を感じさせるアンティーク、テーブル、チェアーが並び、またカウンターも豪奢な木目調の細工で眼を見張るものでした。私はこの部屋の奥に座り、室内の古びた雰囲気を楽しみながら、チョコレートのレアチーズケーキとアイスコーヒー、アイスクリームのセットをいただきました。喫茶店としてもいつ頃開店したものなのでしょうか。

木造家屋のたたずまい
 児童伝記シリーズ『野口英世』(宮脇紀雄著・偕成社)の中の数行を引用してみます。

《こうして、校長先生はじめ、先生たちと、どうきゅうせいみんなとで、おかねをだしあって、清作の手を、しゅじゅつさせようということになりました。
 いいあんばいに、すこしはなれた若松市に、ちかごろアメリカからかえってきた、ひょうばんのいいおいしゃさんがありました。渡部先生といって、会陽医院という、びょういんをひらいていました》

 ちなみに、渡部先生とは、衆議院議員や軍医にもなった渡部鼎のことです。

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