土曜喫茶室

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2010年11月22日付「土曜喫茶室」より)。

 ブログ8月17日付「私のラジオの思い出」の余話。

 先日入手した『FMレコパル』を見ていてふと思い出したのです。当時中学生だった我々が、どんな「ラジオ番組ごっこ」をしていたか。

 『FMレコパル』の番組表1986年2月2日日曜日、NHK-FMの欄。
 12:15~14:00枠の「日曜喫茶室」。

 この日の出演者欄には、〈はかま満緒/岡崎満義/安藤優子、ゲスト:森下郁子(淡水生物研究所副所長)/関野吉晴(医師、探検家)〉とあり、テーマは〔秘境、アマゾンを診察する〕。曲目未定となっています。

 つまり、当時我々が真似をした番組が、この「日曜喫茶室」でした。

 マスター役、ウェイター役(「日曜喫茶室」ではウェイトレス)、常連役、そしてゲストをキャスティングし、気儘なトークを進行するというもの。我々の方は土曜の昼に放送していたので、「土曜喫茶室」というタイトル。

 喫茶店のイメージに相応しいジャズをバックで流し、オープニングの決め台詞を台本通りにしゃべってもらい、音楽を1曲挿入して、あとは自由なトーク。ただし、ウェイターが司会進行役を果たし、常連役の鋭いツッコミ、それに受け答えするゲスト、ボケて笑いを誘うのがマスター役と役割は決めてあったので、「日曜喫茶室」同様、完璧な演出でした(笑)。何度も言うように、全員中学生が演じていた、というのがミソです。

 中学生の話題というのは実に限られたもので、あるゲスト中学生を呼んだ時は、やはり話題が修学旅行の顛末になるわけです。

 そもそもこの我々ラジオ仲間は同級生なので、同じ宿部屋で修学旅行を経験しました。それがとんでもない修学旅行で、1日目、2日目、3日目と三夜続けて担任の逆鱗に触れ、怒鳴られるわ正座させられるわの始末。番組のトークではその顛末の根本的責任者は一体誰なのか――という核心に。

 俺は被害者だ…俺も被害者だ加害者ではない…などと口論になり、挙げ句の果てには、マスター役の彼が事件当日、寝言を放ちながら爆睡していた話を暴露され、とんでもないトークに発展していきます。

 とは言いつつ、仲の良いグループなので、最後はきっちり決め台詞を台本通りにしゃべって番組終了。無論、「日曜喫茶室」のような品のある知的な番組などではありません。

 さて、私はいま気づいたのですが、我々が20数年前に真似をしたこの「日曜喫茶室」というラジオ番組、今も存続しているようで、1977年開始というから、かれこれ33年続いていることになるのでしょうか。ラジオの長寿番組というのは、テレビのそれとは違った意味で、おそろしく“不屈の精神”があるように思われます。

 我々の「土曜喫茶室」は当時2本分だけカセットテープに収録され、現在デジタル・リマスタリングされて現存していますが、このメンバーの同窓会のようなものがいずれ実現することを、少なくとも私のみは、頭の中で望みちらついているのです。

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