ピーターと狼

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2010年12月24日付「ピーターと狼」より)。

 私にとってレコードや音楽の思い出は尽きることがありません。
 いまや音楽メディアの需要は、ミュージックプレーヤーへのダウンロードが主流となっています。そうなると当然、日常の中での音源の入手の仕方、音楽を聴くシチュエーションやタイミングは以前とは少し違ったかたちになるわけですが、そうしたメディアの変化による音楽との接し方が変われども、音の再現性やクオリティを追究する以外に、いかなる動機で、いかなる場所で、いかなる心持ちでそれを聴くかという、音楽との関わり合いの中での精神的な快楽性は、おそらく不変であると私は認識しています。
 とりわけ、子供の頃の音楽との接し方やその記憶というのは、成人を過ぎてからのそれともリンクしているということは十分に言えるでしょう。

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 ――鍵のかかった木製の家具調ラックの扉を開けると、ステレオ装置のプレーヤーとアンプが現れ、レコードに針を落とすまでの所作を真剣に見つめる眼差し。そのわずかな時間の静謐さ、粛々とした雰囲気。3階の音楽室の窓からはうっすらと青みがかった富士山が見え、その小さな風景と相まって、美しい音楽の音色が両端のスピーカー・コーンから室内全体に広がる。悠久なる至福の時間――。
 これが私にとって忘れがたい、小学校の音楽の授業の記憶の一つです。 小学4年の時の担任だったK先生は大のクラシック愛好家で、音楽室隣にある準備室に保管された教材レコードを提示するのではなくて、自分の家から名盤を持参して児童に聴かせてくれたりしました。その先生の授業であったかどうかは忘れましたが、プロコフィエフの『ピーターと狼』を鑑賞したことがありました。

 『ピーターと狼』は、主人公ピーターと動物たちが登場する小さな物語で、曲の合間にナレーションが挿入されるユニークな構成の交響曲です。冒頭でまず登場人物と担当の管弦楽が紹介され、登場人物の特徴を生かした楽器の音色と旋律を知ることができます。『ピーターと狼』は“おはなし”のためのバックグラウンド・ミュージックではなく、あくまで音楽が主体であり、ナレーションはその支えに過ぎません。

 この曲が音楽の授業で扱われたのは、交響曲の表現性の豊かさと面白さが学習意図にあったと思われるので、おそらく学校で習う最初の交響曲であったかも知れません。ストーリーの後半では子供達が少し面食らうほど、かなりダイナミックな演奏が聴けます。楽器の音色と旋律が物語の登場人物を想像させ、その動き回る様子が活き活きと表現されています。

 小学校の音楽授業で一つ非常に残念だったのは、生のクラシック音楽を聴く機会がまったく無かったということ。私の母校のある地域には、良質な演奏会を催すホールがなかった(というよりそういった文化水準が低かった)ため、生の管弦楽の素晴らしさを子供達に伝える実地学習的手段が用いられませんでした。もし授業の一環として実際に『ピーターと狼』の生演奏を鑑賞する機会があったならば、格段の経験となったに違いありません。それほど『ピーターと狼』は管弦楽の仕組みをわかりやすく因数分解してくれる画期的な作品なのです。

 カール・ベーム指揮ウィーンフィル演奏(1974年)の『ピーターと狼』のCDを聴くと、ホールの響きが官能的で素晴らしく、管弦楽の気品と凄みが楽しめます。冒頭の紹介を参考にして、子供達にはアンサンブルの中のオーボエ(アヒル)、クラリネット(ネコ)、バスーン(ピーターのおじいさん)の木管楽器の音色を聴き分けられるかどうか、試してみると面白いと思います。

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