福島の原子力

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年6月21日付「福島の原子力」より)。

 かつての時代、多くは16ミリフィルムというフォーマットで、文部科学省推薦の科学映画(ドキュメンタリー映画)をたびたび学校の教室で観た経験があります。理科の植物や実験に関するもの、交通安全に関するもの、など。教室を暗幕で覆い照明を消し、映写機からカラカラカラ…と凄まじい音が響く。透過されたスクリーンには古めかしい映画会社のロゴ。映写機やフィルムを観ると興奮する私にとっては、NHKの教育テレビを視聴するよりも遙かに、フィルム映画の映像の真髄に惹き付けられていたのだと思います。

 最近、日映科学映画製作所製作の記録映画『福島の原子力』(1977年作品・1985年改訂)を視聴しました。映画館で観れば大迫力であろうシネスコサイズ。戦後における日本の科学技術を、プロパガンダ的に記録映画にしてしまおう、という昭和の風潮が色濃く残り、映画としてはある種の逞しさすら感じます。

 6月14日付朝日新聞朝刊「天声人語」でドキュメンタリー映画(フィルム?)『原発切抜帖』(土本典昭監督・1982年作品)が紹介されていたので、Amazonで検索したところ、8月27日にDVD化されるようです。早速予約しました。

 さて、同じ「天声人語」で、以下のような文章がありました。

《菅内閣の常套句の「ただちに影響はない」も欺瞞がにおう》

 事故当初、枝野官房長官の記者会見の中で、「ただちに影響はない」と彼が言い、その音声が、確かに自分の耳に、脳内に記憶されました。私は直感的にそれを(欺瞞と)感じましたが、様々な意味において、この言葉(音声)は、最も短い科学映画のたぐいであると私は認識しています。すなわち、いま我々が『福島の原子力』を反芻するように視聴するのと同じ目的で、将来の子供達が、学校もしくは家庭で、この最も短い“科学映画”を視聴する姿を、私は容易に想像できるのです。

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