櫻の園という時代〈一〉

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年7月14日付「櫻の園という時代〈1〉」より)。

 「震災(東日本大震災)の影響」という言葉をここでは軽々しく使いたくないのだけれども、去年末から念頭にあった、春先にかけて自分自身の中でやろうとしていたこと、考えていたこと、心の流れにあったもの、そういったものがどうも分断された――気がして、もう一度そのあたりの日付の日記やブログを読み返して、自分が何を考えていたかを整理する状況が続いています。もちろん、3.11以降、新たにやり始めてやり遂げたこともいくつかあるけれども。

――今年の1月のこと。

 ブログ「白の絆」で書いた旧友への、“20年ぶりの”年賀状は、自分が描いていた思惑から大きく外れて、しばし懐かしい中学時代を旧友に「語ろう」と準備していた思念が頓挫し、“音信不通のまま”の現実を受け入れざるを得なくなった顛末ですが、私がそこで「語ろう」と準備していたのは、旧友のお姉さんについてでした。

 旧友Tのお姉さんは、当時の母校演劇部の2つ先輩で、母校の演劇部の歴史始まって以来、初めて男子が入部した(私の他数名の男子)時の部長でした。

 女子の演劇部員に混じった我々男子数名は、(当然ながら)むしろ冷遇されていましたが、部長だけは我々男子に優しく接してくれたのです。

 「白の絆」にある1991年の旧友Tからの年賀状画像には、一部、ぼかしがあるのがわかると思いますが、そのぼかしの中身は、実はTの姉が挨拶文を書き加えてくれた部分なのです。願わくば、20年ぶりにTと再会することを実現させ、さらにはかつての“部長”が現在どうしているか…その消息をじっくり聞き出すこと、それが私の希望でした。

 その最後の年賀状をもらった頃、私はある映画を鑑賞しました。中原俊監督の『櫻の園』です。

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