漱石と羽二重団子

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年7月20日付「漱石と羽二重団子」より)。

 あまり「偶然」というものを突き詰めたくないのだけれども、昨年の7月20日付のブログで漱石について触れていて、また今年の7月20日も漱石について触れる、というのは些か気が引けるのですが、夏になると漱石が読みたくなる、触れたくなるというのは、ひょっとすると偶然ではないのかも知れません。

 昨日、いや一昨日の夜、持参していた岩波『図書』7月号を読もうと思っていたにもかかわらず、無為な時間を過ごしてしまってついにその1ページも開かなかったのですが、今朝になって清水一嘉氏の「ブレット家の人々と漱石」を読むことができました。

 そう言えば昨日赴いた、両国の江戸東京博物館へは、個人的には4年ぶりの来館となり、前回は2007年の10月。「特別展 文豪・夏目漱石―そのこころとまなざし―」の時でした。日記を読み返すと、

〈昼食は館内の甘処で「かき揚げうどんと炊き込みご飯セット」及びホットコーヒー。蒸し暑い気温のせいでアイスにすべきであったと後悔〉

 とあります。因みに昨日は、新宿から両国へ都営地下鉄大江戸線を利用しました(ブログのエッセイ「都営大江戸線―地下鉄のこと」参照)。特別展は「東京の交通100年博~都電・バス・地下鉄の“いま・むかし”~」でした。考えてみればこれも漱石とあながち遠いテーマではありません。

 さて、私などは漱石を読むと、いつも“書生”や“下女”の、その時代における日常的存在について関心が増幅し、本文から逸脱して妄想に駆られます。地方の田舎においては、都会へ寄生する書生さんへの賢兄的憧れ、しかし都会の中ではどうであったのか。多少、時代によって違うでしょうが、寄食するが故の偏見であったり、例えば偶然にして主人が寄宿先を離れた書生の、丸出しの青年素顔を垣間見てしまった場合の気まずさ、あるいはその後の信頼関係であるとか…。

 こちらは下女ですが、漱石が尤も敬服し尤も辟易する所の朋友=“ベッヂパードン”も同様、主のいる時は無言を極め、漱石と二人きりになると、容赦なく唾液を吹きかけて能弁家然としていたようです。

 このブレット家の下女であった、ペンことアニー・ペリンという女性、一体どんな風貌であったのか。勝手な妄想が頭をよぎります。「温厚なる彼女の二重瞼」、「先の少し反り返った彼女の鼻」、「あくまで紅(くれな)いな彼女の顔色」、「舌の両側に流れて来る白い唾液」、「赤い頬」。少なくとも漱石にとってはペンが美貌であろうがなかろうが関係なかった。――清水氏はそれを大胆な仮説として《特別な感情》と述べています。『倫敦消息』は漱石の内的告白を隠喩している重大な小品であったのかどうか。

 英国人なのだから“ベッヂパードン”と発音したっていいじゃないか、とふと思ったりするものの、23歳の年下の女性に年がら年中、「どちたの?」「ごめんちゃいね」と言われたら、さすがに辟易するであろうことは理解できます。

 こうして私は、蒸し暑い中、漱石お気に入りの芋坂「羽二重団子」を頬張りながら、ペンの赤毛でソバカスだらけの丸顔を妄想しつつ、再び『倫敦消息』に読み耽るのでした。

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