福島を思う

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年8月13日付「福島を思う」より)。

 京都の五山送り火で使用されるはずだった、陸前高田市の松からセシウム検出、一転して使用中止に、というニュース。放射能の汚染と拡散問題に絡み、人心の善意、安心・安全のための予防策とが交錯して、各地でそれぞれが抱える諸問題への対応に苦慮していることを思うと、本当に胸が痛みます。

 十分な科学的根拠を責任者が示し、情に流されることなく客観的に判断しなければならない。しかし実際は、「十分な科学的根拠」が乏しく、また「責任者」も不明確であったり、マスメディアの報道をただ鵜呑みにしている自分達がいる。ともすれば、時間が経過すると忘れてしまう。核兵器や放射能の恐ろしさ、原子力の平和利用という幻想。間もなく終戦記念日を迎えますが、過去の過誤を何度でも思い出し、常に日々の反省材料にしなければ、と思います。

 さて、neoneo坐の「知られざる短篇映画を見てみる」上映会では原子力特集を継続していますが、8月25日の第3回上映は、「安全神話への道」だそうです。詳しくは[短篇調査団]サイトへどうぞ。

 neoneo坐とは関係ありませんが、前にも触れた(6月21日付「福島の原子力」参照)日映科学映画製作所製作の記録映画『福島の原子力』(1977年作品・1985年改訂)を再び鑑賞してみました。

 《原子力発電所で最も大切なことは、原子力エネルギーをいかに安全に使うかであり、このため他では考えられないほど安全に対してこまかな注意が払われています》

 そのナレーションの文言と照らし合わせて、実際に起きた事故の惨憺たる有様との隔たりを感じないわけにはいきません。昭和46年3月に営業運転を始めた福島第一原子力発電所の「安全」とはいかなるものであったのか。まったくそれがなかったわけではないにせよ、思考も技術も老朽化し、気がつけば「安全」ではなくなっていた、のかもしれない。この部分に関しては、私はなんとも答えを見つけることができません。

 ――最近、なにげなく、母校専門学校の卒業生名簿を閲覧して、私が卒業した1993年の第14期生の中に、福島に実家がある者が7名いました。

 いわき市小名浜大原
 石川郡石川町双里
 東白川郡矢祭町関岡
 福島市宮代
 郡山市喜久田
 いわき市平中山
 原町市益田(現南相馬市原町区)

 まったく個人的な蛇足ですが、彼らや彼らの家族に笑顔があることを祈るばかりです。

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