八角の塔の花火

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年9月7日付「八角の塔の花火」より)。

 特別展で展示されていた乾板写真群の中には、1901年(明治34年)に東京帝大の北京城調査団に同行した、写真技師・小川一眞の写真が数多くありました。

 例えば、3枚の写真を併せてパノラマにした、太和門、太和殿などは圧巻です。セピア色であるとは言え、被写体の建造物が頗る精緻に描写されており、小川一眞の写真技術が窺い知ることができます。

 小川一眞は20代の頃に下岡蓮杖の養子である下岡太郎次郎に写真技術を教授されたそうで、この20代から30代にかけては、幾多の写真技術に関連した実験的試みを実践していたようです。

 さて、私が国博でそれらの写真を拝見している最中、懐かしいものを見たような気がしました。

 頤和園の「仏香閣(佛香閣)」。万寿山に建てられた八角三層の塔ですが、もちろんこれも1901年の調査時に小川一眞が撮影したもの。

 私はこれを、子供の頃、何かで見たような気がしたのです。

 そう、花火。玩具の花火。スーパーかコンビニか、あるいは遠出して町のオモチャ屋かどこかで買ってきた中国製の花火の中に、「八角の塔」の花火が混じっていた…。

 この「八角の塔」の花火が面白かったのです。――最初は塔の形にはなっていません。火をつけると、緑色で亀の甲羅のような形をしたものがシュルシュルシュルっと回転して、火花を放ちます。ちょうど“ガメラ”が空を飛ぶ時のように。そして火薬が切れ、火花が消えると、スコッと甲羅が上に伸び、「八角の塔」が出来上がるのです。

 子供の時分には、それが日本に馴染みのない中国のどこかの塔だとしか考えず、何の違和感もなかったのですが、中国製の花火セットを買うと、パッケージの裏側に“花火の遊び方”なる説明書きがありました。その活字がひどくデタラメで、いいかげんな日本語で注意事項が列記されているので、そうした誤字脱字に笑った記憶があります。――ともかく、あの時の「八角の塔」は、どう考えても「仏香閣」だと、私は確信しました。

 もし今もどこかで、そのカラクリ花火が存在するのだとしたら、是非買ってきてもう一度あのカラクリを楽しみたいものです。

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