柿とタラチネのこと

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年10月12日付「柿とタラチネのこと」より)。

野口英世記念館の庭にて
 岩波PR誌『図書』9月号より、俳人・坪内稔典著[柿への旅]「青柿のころ」散読。

 久米三汀の俳句、

《青柿の野口英世の生家なり》

 に着目した坪内氏が、〈英世の生家は福島県猪苗代湖畔の野口英世記念館に保存されている〉…〈そこに柿の木があったかどうか〉と示唆していたので、はてと思い、昨年の夏に訪れた際の写真を確認してみました。

 記念館にある生家の庭は木漏れ日が射していて涼しげだったのですが、大きな“母シカが植えた桑の木”以外、特にめぼしい樹木はなく、ましてや柿の木は無かった、と思います。

母シカが植えた桑の木
 尤も、ここに柿の木があれば、記念館として不都合であることは自明で、久米三汀(久米正雄)が目撃したと思われる柿の木は、ありのままの生家に植えられていた柿の木であったことは想像がつきます。記念館のホームページにある生家(昭和4年頃)の画像は庭を見ることができますが、さて、柿の木が判別できるでしょうか。

 さて、坪内氏の文中にある「柿搗」(かきつき)という言葉を『広辞苑』で調べてみましたがありませんでした。その代わり「柿餻」(かきづき)というのはありました。

《糯米を洗い、柿を入れて蒸して餅につきあげたもの。皮と種子を取り去った熟柿を麦こがしにまぜ、団子のようにしたもの》

 だそうで、「麦こがし」というのもわからなかったので調べてみると、

《大麦を炒り、粉にしたもの。香煎。麦炒粉。はったい。炒粉。炒麦》

 とありました。「搗く」というのは「突く」と同源ということで、《杵や棒の先で打っておしつぶす。うすづく》とのこと。俳句の風情はともかく、なんだか防腐剤としての柿渋より、美味そうな柿餻の方に興味が移ってしまいます。

 文中の「垂乳」(たらちね)は、柿の話題と離れ、違った意味でドキリとしてしまいます。

 昭和40年代、幼年の頃に団地に住んでいたので、隣近所の主婦の垂乳(垂乳根)は団地内公園などの屋外でよく見かけました。生まれたての透明な肌の赤ん坊が、乳を吸っているわけです。

 幼年であろうとなかろうと、男子は皆、そうした場合出産後の婦人の乳房に見入ってしまう…。しかし、“たらちね”などという言葉を教えられなくて良かった。もし教えられていたら、絶対私は指さして「タラチネ!タラチネ!」と声を上げていたことでしょう。

 俳句の中の「垂乳」もそうですが、おそらく本人が目の前にいない三人称としての「垂乳」なのであって、本人に向かって「垂乳ですね」とは言えない。この言葉の響きには、非常に客観的説話的な要素が多分にあるように思われます。

 そしていま私の頭の中で巡っているのは、微かな記憶。

 何かの折に、もしかすると原爆に関係のある散文詩か俳句のようなものの中に、「垂乳」という言葉を聞いたことがあります。まだはっきりと思い出せない。心当たりがあるので、いずれこれについては答えを出したいと思います。

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