伝わってこない怒り

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年12月20日付「伝わってこない怒り」より)。

 師走の忙しさにかまけて、ここ2週間ほど、朝は新聞の見出しを大雑把に読む程度でやり過ごしていました。ニュースを「読む」より「聴く」といった具合に。

 新聞記事を後で読もうと思ったところで、帰宅することになるとすっかりそのことを忘れてしまうので、読みたい重要な記事は朝のうちに切り取ってしまう癖を付けています。私が最近切り取ったのは、12月17日付朝日新聞朝刊、一面を割いて掲載されていた「廃炉へ 現状と課題」と「社説」。

 記事の項目を大まかに挙げてみると、[事故発生から「冷温停止状態」宣言まで]における3月から12月までの推移表、[福島第一原発の現状]を表した図表、[福島第一原発正門の空間線量]と[1~3号機から放出された1時間あたりのセシウムの量]の推移グラフ、[原子炉格納容器の温度変化]と[原子炉圧力容器底部の温度変化](1~3号機)の推移グラフ、その他[9カ月の経過]記事で埋められていました。

 ざっと読むだけではなかなか分かりづらいのですが、政府と東電は7月19日の時点で“ステップ1=安定的な冷却”の達成を宣言しており、「冷温停止状態」の定義を発表。しかし、素人目に見れば、[格納容器の温度変化]グラフで7月を見るとかなり温度が変動していて、何故この時点で宣言が出されたのか釈然としないし、8割の燃料が“格納容器に落ちた”とされる1号機の圧力容器底部の温度変化など、何の意味があるのか分からない。

 いずれにしても(信頼性の乏しい)これらの計測による値が、「冷温停止状態」を指し示すおおむね100度以下になったのだから、予定稿通り「収束」を「宣言」してしまおうじゃないか、という杓子定規な機械的な論理で片付けた、という印象を受けます。

 新聞の見出しは、“廃炉へ”“現状と課題”とありますが、私は「廃炉に向けた課題」という最も重要な側面がこの記事の中身からほとんど感じられず、非常にがっかりしました。

 確か8月の時点で公表された、原子力専門部会による工程表に伴う5つの技術課題。

●1~4号機の燃料プールの取り出し、保管
●廃炉に向けた原子炉冷却や汚染水処理の安定化
●原子炉格納容器に漏れた損傷燃料の取り出し準備
●廃炉に伴って発生する放射性廃棄物の処理
●事故の進展の解明と燃料取り出しへの活用

朝日新聞「廃炉へ 現状と課題」と「社説」
 これから10年を目処に、“損傷状態が異なる”それぞれの施設から、まず燃料プールの燃料を取り出し、続いて、“損傷状態が異なる”それぞれの原子炉から、燃料を取り出すというとてつもない作業。果たしてこんなことが可能なのか。

 これが仮に可能となり、事実上燃料がすべて取り出された後に「廃炉」となるわけですが、“廃炉へ”繋がれていくはずの課題、道筋は記事としては空白(黒塗りと言い換えてもいい)に等しく、「社説」からも収束は早すぎると書いてあるだけにすぎない。この度の「収束宣言」がいかに愚かしいか、真の原発事故「収束」は「廃炉」以外にないことが、人間の怒りの息吹として伝わってこないのです。

 それがもどかしい、という表現で括るのは、少し新聞メディアに対して好意的すぎるけれども、政府や東電発表の情報信頼性が地に落ちてしまった厳しい現状の中で、新聞メディアが何かしら熱い怒りを示さないのは、同じ程度に「社会が見離れている」と人々が感じる要因となっていると思います。

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