失われた声を求めて

14歳の自身の歌声が吹き込まれたカセットテープ
 ホームページ内の拙著コラム「歌の精髄に耳をこらして」の中で、《歌》は「自分自身の生き方である」と書いた。私は歌というものに対して、これを本分として情熱を注ぐ。

 そこにも書いたように、中学生時代にWhitney Houstonの歌と出合い、ゴスペルを下地にした歌唱に魅力を感じた。というより、あの時のことははっきりと憶えている。彼女の歌声が、雷電を起こしながら私の身体に入り込んでいったのだ。私は震えた。黒人霊歌と訳されるゴスペル・ソングは、彼らにとっての民謡に近いものではないかと思った。黒人霊歌であり、黒人民謡だ。

 ここに1本のテープがある。

 ――1986年、中学2年の時、Whitney Houstonに倣い、そのアルバムの曲に沿って自分の声をカセットテープに吹き込んだ。自身の歌を吹き込んだ最も古い“7歳のテープ”とともに、この時の14歳の“1986年テープ”は私にとって重要な記録であり、貴重な現存資料である。

 歌唱に対して自覚的にそれを記録した時点で、そこに大きな意図があったわけだが、とりわけ、“1986年テープ”は中学生時代の肉声を残したという点において貴重であった。無論このことは、すべて修練を目的とする「自身にとって」という意味であり、第三者にはまるで何の資料的価値はない。ただの古びたテープにすぎない。私にとっては、その自身の歌唱修練を積むことになる「第一歩の手前の」痕跡が、そのテープの中の肉声に表されていると定義づけていた。

 まず一つ、「声変わり」の緩やかな過程の、段階的に進行していく痕跡を、そこに残した。小学校高学年から始まった「声変わり」の変化が、高校生になる頃にかけて少し定着してくる。私の場合、中学3年生の時にそれがみられたのだが、“1986年テープ”に記録されたのは、その前段階の、まだオクターブが高く感じられる声だ。

 もう一つ。それ以降、歌唱を続けることによって徐々に「失われてしまった」自身の中の微妙な、あるいはもっと大まかな、声の性質や発声があることに気づき、それを取り戻すためにあの“1986年テープ”を聴き返すということがしばしばあった。そこに《何か》が有って、今、私の中にそれが無い、と感じられる声の《何か》。

 だがその《何か》が具体的に何であって、どうすれば取り戻せるのかという方法が見つからなかった。長年、私はそのことで悩み苦しんだ。そして一方で、それを取り戻すことができれば、最良の歌唱となることも直感していた。テープを聴き返すたびにそこに有るものを確信する。しかしいつも、それを取り戻す方法の解決には至らなかった。20代後半から30代にかけて、私はずっとそれを追い求めていた――。

 今となっては、それは過去形の話である。あのテープの中の《何か》は具象として言葉に言い表され、その解決法も具体となって示され、私はそれを訓練して取り戻すことができた。言い換えれば、ようやく私は、本当の自分の声を歌唱することができるようになったのだ。

 としても、あの中学生時代の、「声変わり」の中途段階の声を獲得したわけではない。それはまったく別の意味の、失われた、もう二度と取り戻すことのできない声、である。
 その声から、煌めくような日常であるとか、懐かしい思い出を思い浮かべることはできず、逆に苦々しい思春期の日々が浮かぶのみであるが、私にとっては遠く懐かしい「隣人の声」なのかもしれない。

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