『洋酒天国』と酒盃のこと

『洋酒天国』第17号
 ついこのあいだのこと。なんとなく不安な心持ちでありきたりなコップを手に取り、ドボドボと角瓶を流し込んで、ぐいっと口に含んだ時の酒は、後々悪い酔い方をする。
 何やらその時は、酔い覚ましにと訳もなくエディット・ピアフの曲をかけて聴いていたりしたのだが、酒の味はもちろんのこと、エディット・ピアフの小気味よいヴィブラートさえも耳に入らず、そのまま寝入ってしまった。少しばかり不安な心持ちを落ち着かせてから、その酒に合うグラスを手に取っていれば、悪い酔い方はしなかったかも知れない。

 毎度おなじみ、『洋酒天国』。昭和32年9月発行の第17号を紹介する。表紙は、海賊の子分といった感じで、芸人のパン猪狩さんが扮している。なかなか突拍子な屈託のない表紙である。しかもこの人はそんじょそこらの芸人さんではないのだが、そのことについては割愛する。

 さて、この号で、作家の吉行淳之介氏が「数奇酒記」というエッセイを載せている。『洋酒天国』ではたびたび登場する常連客人である。しかしながら、私は彼の書物を読んだことがなく、開高健氏との対談による酒の本以外、ほとんど知らない。つまり、“酔っていない”状態の吉行氏については何も知らないのだ。

 吉行氏が生涯にわたって世話になったとされる、女優・宮城まり子さんの出演した昔の映画『黒い十人の女』(1961年市川崑監督作品)がとても面白く、つい思い出してしまった。あの映画の主演は、船越英二さんと山本富士子さんだ。一人のだらしない男を巡って、よってたかって十人の女が懲らしめようとするストーリー。
 女にだらしない男が悪いのか、そんな男に惚れた女が悪いのか。市川崑監督の独特のスパイスの効いた映画である。宮城まり子さんが演じる女も、その十人の女達の一人なのだが、実際の吉行氏との深い関係性に、だぶるところがある。彼が脚本のモデルなのではないか、と思ったりする。

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吉行淳之介氏のエッセイ「数奇酒記」
 「数奇酒記」で吉行氏は、こんなことを書いている。子供の頃に家に訪れた叔父が、祖母の前で角瓶を呑み続け、祖母が何度もやめなさいというのをきかずに、とうとう角瓶を空にしてしまった――。
 そういう状況を目の当たりにして、酒はいやだな、と思うのではなく反対に、はやく大きくなって飲みたいものだ、と思ったというのだから、やはり筋が通っている。この場合の筋は、“筋金入りの”という意味である。

 さらに吉行氏は大学生の頃、闇屋で買ったウイスキーが不味く、自分でアルコールを手に入れ、それに水を加え、オリザニンというビタミン剤を混ぜ、ウイスキーもどきのオリジナル酒を作ったという。これまた美味いわけがない。これを呑んだ時の酔いは、天地が逆さまになったような気分、だったとか。
 終戦後の混乱期には、闇市などでカストリの密造酒が出回っていた。叔父さんがもってきた角瓶とは程遠い、戦後の悪酒の時代である。このあたりの話は、開高健との対談本で、貪るようにして読んだ。

 二十歳になった若者が酒を呑もうと街に繰り出すと、真っ先にビールやハイサワーを選んでしまうのは、日本酒やウイスキーに合う「酒盃」を、手に取ったことがない、まだ指先にそういうグラスが馴染んでいないからだ、と私は思った。
 すなわち酒は、「酒盃」を手にするところから始めるものなのだ、ということを痛感する。安物でいいから猪口、タンブラー、ワイングラスをまず家に揃えておく。そして代わる代わる違う種の酒を、それぞれの「酒盃」で呑んで試してみたら、酒の美味さの裾野が広がるし、何よりも悪酔いをしなくなる、と私は思う。

 とは言え、“悪酔い”をする自分に酔ってみたい、とどうしても悪ぶれて思ってしまうのが、若者の特権かも知れぬ。ともかく、日本の戦後は、悪酒から始まった。

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