スキップしてメイン コンテンツに移動

「オスの戦略 メスの戦略」を考える

筑摩書房の高校国語教科書『新現代文』
 国語教科書を読むことが好きである。いつだったか入手した2005年発行の高校国語教科書『新現代文』(筑摩書房)はすっかり手に馴染んで、まるで自分の高校時代の教科書であったかのような錯覚すらある。画家・有元利夫氏のタブロー「1人の芝居」の表紙は、この本の読書への気分を緩やかに高め、その落ち着いたアイボリーの画面が程よい名調子となっている。

 日増しに国語教科書への愛着感が強くなってくる。学生時代から遠のくのとは裏腹に。その頃はあまり敏感でなかった教科書というアイテムの、直接的な感触と適度な郷愁。それは文学の宝庫であり、文学を味わう悦びのための入口となっている。普段読まない作家への、処女航海。漱石や中島敦、室生犀星の詩などは定番中の定番で、どの国語教科書にも出てくるから、読み手として手垢がついている感があるが、その定番と言えるものでも、特に私は、与謝野晶子の短歌や正岡子規の俳句などをこれまで好んで読んでこなかった。そのツケはいずれ必ずやって来る、とも。やはり文学との出会いは、長い人生のうちのタイミングに左右される。

*

 さて『新現代文』では、[評論三]というカテゴリーが設けられている。普段読まない人の文章が読みたくなった。まるで、日頃飲み口の慣れた酒から離れて、冒険をしてみたくなるかのように。ここで登場する3人の筆者(木田元、長谷川眞理子、冨山一郎)のうち、長谷川眞理子著「オスの戦略 メスの戦略」を初めて読んでみることにした。科学モノで寺田寅彦的な印象があったから、自然に興味が湧いた。

 長谷川眞理子さんの職業は、人類学者(霊長類研究者)とある。作家ではない文筆家。調べてみれば著書や翻訳本は多くあって、例えば『ダーウィンの足跡を訪ねて』とか『クジャクの雄はなぜ美しい?』といったタイトルには、進化・人類学への知的好奇心がくすぐられる。
 この教科書の「オスの戦略 メスの戦略」というタイトルもなかなか興味深い。生き物の雄雌の関係性において、雄には戦略があり、雌にも戦略がある、というニュアンスが伝わってきて面白そうだ。私が少し前に読んだ牧野富太郎の植物本で、なぜ花は匂うのかについて、植物と虫との関係を楽しく読むことができたから、長谷川さんの「オスの戦略 メスの戦略」もそうした趣旨だろうということは想像できた。ちなみに「オスの戦略 メスの戦略」は、1999年の著書『オスの戦略 メスの戦略』(NHKライブラリー)に拠ったとある。

 ところが。読んでみると、意外に難しい。高校の教科書に掲載されているというのに。結論を先に述べれば、この「オスの戦略 メスの戦略」は高校生が理解できる範囲だったのだろうか、と少々、疑問を感じたのだ。まず何より、あちらこちらに、素人の我々だったらおそらく“勘違い”してしまう日常用語のふりをした、その分野では解釈の異なる専門用語が出てくるのだ。

 ともあれ、内容はこんな感じである。
 一つの仮説、《多くの社会の男性は、配偶相手の女性が若いことを好む》。アメリカの人類学者サラ・ハーディが、霊長類の配偶者選びの見地から、その仮説はおかしいと考えた。同じ霊長類のサルやチンパンジーは、繁殖経験の乏しい若い雌を選ばず、子育ての技術を習熟した中年の雌を選ぶのだという。では何故ヒトの男性は、反して若い女性を好むのか――と。

*

長谷川眞理子著「オスの戦略 メスの戦略」
 長谷川さんはいきなり冒頭で先制パンチを打ってくる。《多くの社会の男性は、配偶相手の女性が若いことを好みます》と言い切る。サラ・ハーディは、サルやチンパンジーはそうではないのに、何故ヒトの男性だけが若い女性を好むのか、おかしいよねえ、と述べたことになる。専門家の間では常識的な事柄に対し、私は単純な反応として、本当に「多くの男性が若い女性を好んでいる」のかどうか、すぐには鵜呑みにできない、と思った。

 尤も長谷川さんもここでは、男性が若い女性を好む理由に、《女性の価値として、繁殖力の高さが重視されている》からだとする解釈には同意していない。

 そもそもここで言う「若い女性」というのは、どういう括りなのだろうか。自分(男性)よりも歳が若い女性という意味なのか、10代から30代という世代的な意味なのか。あるいは見た目が若いという印象のことなのか。これを読んだだけでは判然としない。
 例えば20代の男性が、1歳年上の女性を配偶者として選んだ場合、この仮説にあてはまるのか外れるのか。少なくとも客観的に考えて、その男性よりも配偶者のその女性は、年齢的に若くない。しかし世代的な観点では、若いとも言える。男性からすれば「歳で選んだのではなくて、あくまでその人が好きだから」という答えが返ってきたとしたら、配偶者として若い女性を好んでいない、と受け取っていいのかどうか、よく分からない。

 長谷川さんは仮説の統計学的な根拠を示していない(少なくともこの教科書では示されていない)から、本当に多くの人が配偶者として「若い女性」を好んでいるのかどうか、私には今一つ理解できなかった。にもかかわらず長谷川さんは別の段落でも、《なぜかヒトの男性は、若い女性を好みます》と断言している。
 平均寿命が女性より短い男性(これは十分統計学的な根拠があるだろう)にとって、少しでも安定した生活基盤を保っていたいという健康的相互扶助と経済面を考慮した観点が、ここではばっさりと抜け落ちてしまっている。繁殖行動だけが夫婦生活ではないはずだ。もし本当に多くの男性が若い女性を好んでいるのだとすれば、この先長い夫婦生活の安寧を理由にしていることもありうるのだ。
 ともかく、ここでの仮説がぐらついてしまうと、本題である“オスとメスの戦略”が、ヒトとその他の霊長類ではどう違うのか、遺伝と関係あるのか否かの焦点が、すっかりぼやけてしまうのであった。

 その上さらに、(特に高校生にとっては)解釈が理解しづらい専門用語が飛び交う。
 ヒトの男性が若い女性を好む理由をハーディは、《家父長制の文化のもとでは、男性は女性を将来価値の出る財産として蓄積することができるからではないか》と考えた、というような文章が出てくる。また長谷川さん自身の考察として、《配偶者防衛が進んでいるところでは、従順でコントロールしやすい女性が好まれる》云々も出てくる。私はすっかり混乱して、ぐるぐるぐると頭が回転し始めてしまった。価値の出る財産?配偶者防衛って?

 配偶者防衛というのはどうやら、雄が雌の性行動をコントロールし、自分の子供以外を産ませないことを指していると思われる。ただ、我々が歴史の教科書やメディアなどで見聞してきた家父長制的な家族形態の本質というのが、実は夫の子供以外を産ませないための妻の服従体制だったとは釈然としないし、むしろ日本では、古い時代からの封建制度の名残が家庭版となった、と解釈した方が納得できるだろう。

 女性を将来、《価値の出る財産として蓄積》の意味は、これも進化生物学上の専門用語となっていて、にわかにヒトの社会の男女の関係に当てはめるのは、妥当ではないのではないかと思える。何故なら、ヒトの社会の男女は、もはや生物進化と繁殖のためだけに生きているのではないからだ。昔からよく言われている、生き物には子孫を残す遺伝的な本能がある、という話があるが、では逆に、子孫を残さない遺伝的な本能はないのだろうか、ということを考えてみたくなる。自爆テロの事件が発生するたびに、私はそんなことを想像する。

 故に、長谷川さんの「オスの戦略 メスの戦略」は面白いという言い方はできよう。素人の私が勝手に想像するのは、もはやヒトの社会は、オスの戦略もメスの戦略も捨て去ってしまい、性行動の本能から外れた未来型の戦略を持ち始めているのではないか、ということだ。戦略の本質は普遍的で、支配権力を持つことと富の蓄積。しかし、配偶者をも捨て、ある種のバランス感覚で集団と個人とを行き来する生活形態になるのではないか。もはやそういう新しいヒトの時代が始まっているようにも思う。

 特に日本は自然災害の多い島国である。自然災害に適応するためには、究極的には家庭を持たない、土地を所有しない、という発想がリスクを回避させる選択となる。そうなれば、自ずとオスの戦略もメスの戦略も変わってくるはずである。

 と、こんなふうに素人が想像してみた。考えてみた。
 普段読んだことのない人の文章を読んだら、ちょっと熱っぽくなった。科学の発見としては面白い科学評論文は、文学的な男女の思惑が通用しない点、自由な解釈で読み解くことがなかなか難しい。
 そう、オスとメスの話をこの人たちにさせればまったく別の猥談に…と思い浮かべたのが、開高健と吉行淳之介氏である。まな板の鯉ならぬ、まな板のオスとメス。科学だけでは語れぬ神秘的な男女の話…。どうやらオスとメスの戦略には、もっと深い“ワケ”がありそうである。

コメント

過去30日間の人気の投稿

YELLOWSという裸体

ざっくりと大まかに言ってしまえば、まだ1990年代初頭の頃は、テレビのワイドショーでも“ヌード”が“語られる”大らかな時代であった。五味彬氏の“YELLOWS”シリーズがテレビで話題になると、私自身も単純な興味本位から、風雅書房出版のそれらの写真集をなんとか入手しようと躍起になった。しかし、都内の紀伊國屋であるとか丸善であるとか、あるいは神保町界隈の美術書専門書肆で、あの大判の写真集を直に買い求めることは、私には到底できなかったのである。

 “YELLOWS”とは一体どんなシリーズであったか。

 いわゆるシロウト、プロのモデルではない一般の若い女性達を100名募り、一人ずつスタジオの中で蝋人形のように無機質に直立させて、その全裸姿を、正面、背面、側面のアングルから写真に収めるといった国内では前代未聞の画期的な企画であり、若い日本人女性を美術解剖学的に標本化しようとした大真面目なプロジェクトであった。
 ただし、ワイドショーその他のメディアでは、全裸しかも女性のピュービック・ヘアを露出させた「衝撃の」写真集としてのみ話題になって、それが黄色人種の日本人であろうとなかろうと、身体を写真として標本化し、それぞれの女性の体型を比較対照するといった科学的な見地と関心は、まったく度外視されてしまったのだ。

 後年、私はこのシリーズのうちの『YELLOWS 2.0 Tokyo 1993』を入手することができた。が、実際に本を開いて写真を見たところ、想像していた写真とはだいぶ違ってリアリティがなく、100名の女性の全裸に圧倒されることはなかった。それは何故か。

 この写真集の冒頭には、11人もの錚錚たる著名人が解説を寄稿している。飯沢耕太郎氏の解説の中に、そのヒントが隠されていた。

《どこにでもある撮影現場の雰囲気なのだが、やや変わっているのは三脚に据えられたカメラからコードが伸びて、ビデオ・モニターやパソコンと接続していること。電子スチルカメラのシステムを使っているため、シャッターを切るとその瞬間の映像がモニターの画面に出てくる。わずらわしいポラロイド撮影などする必要がなくて便利である。デジタル化して記録された情報は、あとでプリント・アウトすることもできる》

 写真集の巻末ページに記されていたシューティング・データに、“Kodak DCS3 Camera”とあった。そうなの…

人生ゲームと約束手形

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年3月1日付「人生ゲームと約束手形」より)。

 学生時代までに所有していた無数の古いボードゲームは、以前オークションなどでほとんど売却したものの、前に紹介した「シークレットポリス」や「人生ゲーム」の各種(ヴァージョン違い)はなかなか手放すことができず、今でも眠った状態になっています。  ミルトン・ブラッドレー社の「GAME OF LIFE」(=人生ゲーム)の初代盤が私にとって生涯初めてプレイしたボードゲームで、アート・リンクレター氏の肖像写真がとても印象に残っています。彼の肖像は備品のドル札の顔写真にも登場しています。
《2,500ドルをもって人生のコースをスタートし、さまざまな成功、失敗、仕返しを繰りひろげながら早く億万長者になったひとが勝つゲームです》
 子供から大人まで楽しめるボードゲームとは言うけれど、いま考えてみれば、「人生ゲーム」はかなり大人びた内容になっていて、小学生が「楽しむ」には、それなりの金銭感覚や経済、その他の知識が必要であったように思われます。
 実際、当時小学生であった我々が「人生ゲーム」で遊ぶとき、いちばんわからなかった、わかりづらかったのが、“約束手形”の切り方。  少なくとも我々がプレイしたときは、〈金が無いなら無いでいいじゃん〉という暗黙の方式をとりました。つまりどこかのマスに止まって、請求が生じた際、金が無いなら払わなくてもいい、という独自の子供らしい(ある意味安直な)ルールでした。  確かに、プレイ中に他人のドル札が次第に“赤く”染まっていくのを見ればゲームとしては盛り上がる反面、どこか悲壮感が漂うのも事実です。子供時代に「手形を切る」ルールを採用しなくて正解だった――とも思います。
 ちなみに、1980年の2代目「人生ゲーム」のルールでは、「借金」について以下のようになっていました。
《●銀行からの借金 必要に応じて20,000ドル単位として借りることができます。ただし次の場合は例外として借り出せません。
a 賭けをするとき、b 誰かから仕返しをされて100,000ドル払えないとき。
銀行家は20,000ドルごとに赤い約束手形と一緒にドルを貸しだします。借金を返済するときは20,000ドルのおさつに約束手形をつけて銀行に返します。500ドルの利息をとられ…

武満徹―暗い河の流れに

先月末の当ブログ「大阪万博と音響彫刻のこと」で記した、1970年大阪万博・鉄鋼館におけるフランソワ・バシェの「音響彫刻」に関して、あらためてここでご報告したいことがある。「音響彫刻」復元に向けてのクラウドファンディングの資金総額が先日、なんと目標金額200万円を上回ったとのこと(※現時点で300万円を超えた)。その急報を受け、復元実現への大きな一歩となることに安堵を覚え、何よりも喜びが絶えない。これも多くの方々の趣旨賛同の協力と支援による成果であり、この場を借りて心よりお礼を申し上げたいと思う。今後とも、さらにこのプロジェクトの経過を見守っていただければ幸いである。 §
 さてこうして、当時バシェの「音響彫刻」を依頼した音楽家・武満徹氏の過去の作品や活動について、個人的な興味が近頃熱を帯びてきたため、彼の諸々の作品に出合う機会が多くなってきている。
 彼の映画音楽以外で、音楽CDを初めて聴いたのは、確か12年前のことである。東京都交響楽団・外山雄三指揮の「地平線のドーリア」。私がその時、どのような理由でそれを買い求め、彼の作品をとらえようとしていたのか、今となっては判然としない。が、その前提にあったのは、これはおそらく間違いないことであろうけれども、高校の国語教科書(筑摩書房)にあった彼の随筆「暗い河の流れに」の木訥とした文章の記憶と、そこに掲載されていたアメリカ出身のジャズ歌手ジョセフィン・ベーカー(Josephine Baker)の、まるで精彩を欠いたリリーフ画のような古いモノクロ写真の印象とが、あまりにも憂鬱な記憶の陰にあったからだろう。再び私は随筆「暗い河の流れに」を読み、武満徹氏の思想的感覚の在処を考えてみることにした。
 私が高校時代に使用していた筑摩書房の国語教科書は、今でも時折開くことがあるのだけれど、美術家イワサキ・ミツル氏の抽象画の装幀がなんとも不気味で謎めいていて、本を開く前の心が落ち着かなくなる。この一つの抽象画の存在によって、教科書に出てくる様々な作品に対するイメージが、ほとんどすべて、暗がりの木に潜む孤高な梟と化し、その印象は一つ一つ暗い。武満徹の随筆「暗い河の流れ」は最も孤高とも思え、当時私はこれを読むことを避けた。この随筆は教科書の中で「評論」の章題に属しているが、授業のテーマに挙げられることはなかったのである。
 「暗い河の流…

ファミコンの思い出―プロレス

深田洋介編『ファミコンの思い出』(ナナロク社)を読んでみると、その熱い思い出を語るほとんどの方々が、1970年代生まれであるという事実に、言葉では言い尽くせない共時性の発見があって面白い。
 ファミコンすなわち任天堂の8ビットテレビゲーム機「ファミリーコンピュータ」の歴史を簡単にたどってみる。  小豆色がイメージカラーの華奢な本体が1983年夏に発売開始され、徐々にヒット商品となり、85年までに650万台以上が販売されたという。ちなみに、1983年はどんな年であったかというと、NHK朝の連続テレビ小説『おしん』の大ブーム、東京ディズニーランドの開園、そして田原俊彦の「さらば…夏」が第14回日本歌謡大賞のグランプリを受賞した年だ。  ファミコンの全盛期はおそらく86年頃だと思われるが、発売開始から約10年後の1994年に新作ソフトの発売が終了されるまでの期間は、まさに70年代生まれの世代が小学生から成人になるまでの成長期とほぼ合致しており、この団塊ジュニアと言われる世代の、衣食住に浸透しきったファミコン依存度は頗る夥しいと言わざるを得ず、極論すればファミコンは、70年代生まれの世代にだけ付与された電子玩具信仰だったわけである。
*
 閑話休題。ファミコンのゲームで私が最も熱狂したのは、任天堂のディスクシステムで1986年に発売された、『プロレス』だった。当時の熱狂的なプロレスファンであればこのゲームにかじりつくのは自明で、これ以前に発売されていた『キン肉マン マッスルタッグマッチ』だとか『タッグチームプロレスリング』でなんとなく消化不良を感じていたプロレスファンは、この『プロレス』の発売で誰しもが溜飲を下げたことだろうと思う。
 このゲームの取扱説明書の表紙を最初に見た時、それがチャンピオンベルトを巻いたアントニオ猪木似のキャラクターであることに、まず大きな感動を覚えた。これはもしかすると、テレビゲーム史上初めてアントニオ猪木似のキャラクターが登場したゲームソフトだったのではないかと思うのだが、確かなことはよく分からない。いずれにしても、キン肉マンや長州力やストロングマシンではない、マット界の真打ちの登場には拍手喝采だった。
*
 『プロレス』は、1人プレイモードと2人プレイモードが用意されていて、1人プレイモードは5分1本勝負のランキング制であった。勝ち抜けば…