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perrot第4回公演の過剰でとてもおいしい演劇

【演劇『今日は砂糖の雨が降るから』】
 観た演劇の面白さや感動を文章にして書くことは、とても難しい。難しい作業である。昨日観たばかりの演劇を、どう書いたらよいか。どう文字を連ねてよいだろうか。
 外はしきりに雨が降っている。ともかく、適切な言葉が思い浮かばないのだ。そう、こんなのはどうだろう。「とてもおいしい演劇」。サクマのいちごみるくキャンディーを口に放り込んで、次第にそのイチゴ味が口いっぱいに広がっていくあの子供の頃の幸せな感じを、どう言葉で伝えたらよいか悩むのに、よく似ている。
 「とてもおいしい演劇」。その一言が浮かんでから、後が続かない。どうにもこうにも後が続かない。決して、思考が途絶えたせいではないだろう。実際その逆で、どんなに頭をフル回転させても、言葉が思い浮かばないのは、もっと違う理由があるからだ――。

 くどくど言うようだが、さりとて、そんなに悩む演劇を、私は書かずにはいられないのだ。文字にしてやる。文章にしてやる。これを書かずして、私はなんのために足を運んだというのか。何が何でも書いてやる。
 でも、面白かったです、感動しました~、では済まないだろう、と思っている。そう思うと同時に、屁理屈としては、〈演劇なんていうのは、劇場に足を運んでナンボのもの。直接自分で観て《体感するもの》であって、第三者に無為に、その豊かな中身を繊細に緻密に伝えようとするのは、主催者側の本意に反することかも知れないじゃないか〉とも思った。
 いずれにしても演劇というのは一般に、その不思議な体感の在処を、第三の傍観者に語ることも伝えることもできないものなのだという確固たる諦念が、頭をよぎる。一方においてそれに抗い、立ち向かい、批評という精神の困難な山を登頂すべく、あらゆる思考的要請を総動員させるという軋轢、不和、その矛盾――がある。しかしながら私が観たあの演劇には、そのどちらも肯定しうる何かが、そこにあったような気がするのだ。結局私は今、考えあぐねた末、あの演劇に対する批評的立場と行為を完全に放棄したうえで、自らが関知するにとどめる「覚書」として、ここにそれを書き残すことにした。

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 その演劇とは、いわもとよしゆき作・演出のperrot第4回公演『今日は砂糖の雨が降るから』である。会場は東京・王子駅に程近い、花まる学習会王子小劇場。ここはいわゆる小演劇のメッカだ。
 このperrot第4回公演『今日は砂糖の雨が降るから』のあらすじだとか、キャスト陣の紹介などというものを、思い切って、思い切って省いてしまおう。こうして私が何も語れなくなったところから、何かを見いだし、そこから何かを語ること以外に方法はないのだから。ただし、これだけは書いておこう。perrotの“劇団プロフィール”だ。とても重要な内容だ。以下、それを引用してみる。

《劇団プロフィール ――忘れられない嘘をつく。主宰・いわもとよしゆきを中心に2014年に旗揚げ。固定のスタッフチームで作品制作をおこなう演劇ユニット。「枠の越境」をテーマに活動する。センチメンタル過剰な世界観と言葉あそびから日常の中の非日常を描き出す作風が特徴。「どうしようもない」をどうにかしたい・「信じられない」を信じてみたい、ぶきっちょでおかしなヒトたちの自意識まみれのさびしさを泥だらけの希望でくるもうと悪あがきする、あきらめの悪いヒトのあつまり》

 うーん、面白かったです…感動しました~…とてもおいしい演劇!…とてもおいしい演劇?…なんだよそれ、ちゃんと観てんのかよ!そんなくだらねえ感想言ってんなよ!どうしようもねえだろそんなんじゃあ!おまえらの演劇愛ってそんなもんかよ!俺たちの生きてるっていうこと、今に生きられるっていうこと、マジでもっと考えようぜ。嘘だらけだろみんな!本当のこと言ってくれよ、何が大事で何が大嘘で、しあわせとか、やりたくねえこととか。俺、おまえが好きでたまんねえよ!っていう気持ちを相手にはっきり言えない奴は、演劇観る資格なんかねえんだよ!出て行け、ふざけんな!――。

 私はあの“劇団プロフィール”を、そんなふうに勝手に、conversionしてみたのである。でもあながち、間違ったconversionではない気がする。無論断っておくが、そんな言葉を吐くような悪い人達の集団ではない。読まれる方、誤解のないように。

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【花まる学習会王子小劇場のある通り】
 ところで私は、“オープン・ワールド”のテレビ・ゲームが大好きである。私の好きな“オープン・ワールド”のテレビ・ゲームは、大まかに言えば、アメリカのとあるゴージャスな都市やその近郊の豊かな自然をリアリスティックにCG化し、その空間をプレイヤーが自由に歩き回ったり走り回ったり、自動車やバイクあるいは自転車でドライブしたり、海や川や湖で泳いだり、ボートを操縦したり、滑走路から飛行機を操縦して空を飛んだり、街にあるアミューズメント施設で遊んだり、酒に酔ったり、家(プレイヤーが住む家)でテレビのアニメをちまちまと観たりすることができる。そうしたリアリスティックな仮想生活を進行させる中で、街ではいろいろなアクシデントが発生し、大小のエピソード・ドラマに巻き込まれたり介入させられたりと、壮大なストーリーが展開されていく。

 『今日は砂糖の雨が降るから』の演劇は、そんなようなCGの“オープン・ワールド”に、ぽんと入り込んでしまった感のある、未来のどこかの世界の物語であったと思う。ヒトは“ブリキ”というアンドロイドをつくったけれど、その存在性に嫌悪を抱き、やがて否定的なスタンスを取る。彼ら“ブリキ”を卑しめ、対立化し、イデオロギー闘争が始まった、というのが物語の入口。その世界ではかろうじて、人々が注目して已まない人気絶頂の“ブリキ”アイドルが存在するが、何者かによるアイドル破壊テロ事件が勃発してしまう。

 この演劇は――あるいは演劇ユニットperrot自体は――そもそも、ストーリーの起承転結を見せるというよりも、むしろその劇から漂う灰色で靄のかかった空気感であるとか、皮膚感覚から伝わってくる人間の痛みや震えのようなものを観客が「採集」し、細胞レベルで感知していくような、そういう観客側の感覚的「採集」を伴った演劇、だったのではないか。
 観客の「採集」する空気感や皮膚感覚によって、『今日は砂糖の雨が降るから』の全体のとらえ方は大きく違う。これはもしかすると、作者の無意識の企図だったのかどうか分からないが、我々観客は確かに、この演劇を観たというより、この演劇に「アクセス」したのである。

 今やありふれた皮膚感覚となっている、コンピューターへの「アクセス」するというかたち。ネットワークにつながっているということが、我々の意識・無意識にかかわらず平易な日常生活の中で営まれていることの、情報「採集」社会。その過剰な「アクセス」によって引き起こされるモラルの問題は多々あって、人と人とのコミュニケーションの信頼感や安堵感と引き合いに、意図しないプライヴェートな情報の流出と拡散で、たちまち社会的信用を失うといった致命的なデメリットと常に対峙しなければならず、ある種の居心地の悪さは拭えない。
 こうした現代人の、モノゴトへ過剰に「アクセス」する社会の特殊性(これがもはや特殊ではなくなっている)がよりいっそう人間本来の皮膚感覚を敏感にさせ、旧来と比較して鈍感ではいられなくなった、とは言えないだろうか。つまり心に直結した肉体の感覚こそが、皮肉にも情報「採集」社会の現世では、重要になってくるのだ。私が先に述べた“オープン・ワールド”のゲームの肝は、散らばってゴースト化している状態のモノゴト(=フラグ)を、自活的に歩き回って「採集」することにあり、自活的に動き回らなければ、ストーリーは先に進展しない。モノゴトを「採集」することが不得意な人は、そうしたゲームを、いやまさしくこの社会を生きていくことは、できなくなってしまったのである。

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 『今日は砂糖の雨が降るから』は、その劇の中に散らばったモノゴト(=フラグ)を我々観客が感覚知として掻き集め、まったく新しい未知なる秩序世界のオリエンテーションに十中八九はまっていってしまったのだから、「とてもおいしい演劇」なのだ。その秩序世界の観念的語彙や意味、あるいは相対的な構造というものを、観客は率先して「採集」し把握しなければならなかった。このことで感覚的目眩ましに合う。ここで素晴らしいと思ったのは、作者が書き上げた日本語による会話台詞の縦横無尽さを、それぞれの役者が実に音声的に表情的にしぐさ的に、まるでコンピューターのようにリアルに再現していたことである。また場面の展開からさらなる展開への交差や切り返しの妙という点において、まったく小スペースでありながら高い位置にあるキャット・ウォークの舞台装置がそれらをいっそう複雑に見せ、まさに王子小劇場ならでは、と言うべき重層的演出を感じることができた。

 ヒトと“ブリキ”という寓話的な秩序世界が、あまりにも空想的かつプラクティカルで、しかもポリティカルに即していることから、その彼らのいう「過剰な世界観」はあくまで「過剰でない世界観」の代理でなければならず、現実世界の日常の、悩ましい観念の数々がそこにしっかり投影されていたことも忘れてはなるまい。つまりどういうことかというと、ヒトはすべてを愛し、すべてを解決に導くことができる、ということである。
 この世がそうでないというのなら、私はいったい何を信じて生きていけばいいのだろうか。それはきっと、彼らの言葉を借りるところの、「おかし」ではなく「おかしな」はなしになりはしないか――なのだ。

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YELLOWSという裸体

ざっくりと大まかに言ってしまえば、まだ1990年代初頭の頃は、テレビのワイドショーでも“ヌード”が“語られる”大らかな時代であった。五味彬氏の“YELLOWS”シリーズがテレビで話題になると、私自身も単純な興味本位から、風雅書房出版のそれらの写真集をなんとか入手しようと躍起になった。しかし、都内の紀伊國屋であるとか丸善であるとか、あるいは神保町界隈の美術書専門書肆で、あの大判の写真集を直に買い求めることは、私には到底できなかったのである。

 “YELLOWS”とは一体どんなシリーズであったか。

 いわゆるシロウト、プロのモデルではない一般の若い女性達を100名募り、一人ずつスタジオの中で蝋人形のように無機質に直立させて、その全裸姿を、正面、背面、側面のアングルから写真に収めるといった国内では前代未聞の画期的な企画であり、若い日本人女性を美術解剖学的に標本化しようとした大真面目なプロジェクトであった。
 ただし、ワイドショーその他のメディアでは、全裸しかも女性のピュービック・ヘアを露出させた「衝撃の」写真集としてのみ話題になって、それが黄色人種の日本人であろうとなかろうと、身体を写真として標本化し、それぞれの女性の体型を比較対照するといった科学的な見地と関心は、まったく度外視されてしまったのだ。

 後年、私はこのシリーズのうちの『YELLOWS 2.0 Tokyo 1993』を入手することができた。が、実際に本を開いて写真を見たところ、想像していた写真とはだいぶ違ってリアリティがなく、100名の女性の全裸に圧倒されることはなかった。それは何故か。

 この写真集の冒頭には、11人もの錚錚たる著名人が解説を寄稿している。飯沢耕太郎氏の解説の中に、そのヒントが隠されていた。

《どこにでもある撮影現場の雰囲気なのだが、やや変わっているのは三脚に据えられたカメラからコードが伸びて、ビデオ・モニターやパソコンと接続していること。電子スチルカメラのシステムを使っているため、シャッターを切るとその瞬間の映像がモニターの画面に出てくる。わずらわしいポラロイド撮影などする必要がなくて便利である。デジタル化して記録された情報は、あとでプリント・アウトすることもできる》

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