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小栗康平の『映画を見る眼』

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【講師・小栗康平監督によるNHK人間講座『映画を見る眼』のテクスト本】  小栗康平監督の映画『泥の河』(1981年、主演は田村高廣、藤田弓子、加賀まりこ、朝原靖貴)を私が初めて観たのは、中学生の時(1985年から87年の間)だったと記憶している。映画館ではなく、テレビ放映で思いがけず鑑賞したのだった。たいへん暗い映画だ――という印象と、“浮舟”で暮らす母子の貧しさの悲しみがやや心に残ったという感じで、そのぼうっとしたイメージが刻まれたまま、この作品に対する淡い想念は、以後(少なくとも20代の頃までは)それ以上膨らみはしなかった。  時を同じくして87年に劇場公開された『螢川』(監督は須川栄三、主演は三國連太郎、十朱幸代、坂詰貴之)は、とても対照的に感動を覚えた。  原作者は「泥の河」と同じ宮本輝である。思春期を迎えた中学生が主人公で、ちょうど自分と同年代の少年が描かれており、感情移入しやすかったのだろう。こちらも決して明るい映画ではなかったが、目の前の青い炎をじっと見つめて退屈しないような、そういう芯の部分での充足があった。――それゆえ、余計に『泥の河』の印象は薄れた。どちらも宮本輝の原作ではあったが、『螢川』はどこか天に向かって湧き上がっていく上昇の映画であり、『泥の河』はまさに泥の中に沈んでいく下降の映画だったのである。 ➤「一杯のかけそば」に係わる誤認  私がさらに映画『泥の河』への心証を悪くしたのは、ある勘違いが原因であった。  ちょうど高校生の頃、1989年のことだが、“実話を元にした”童話「一杯のかけそば」が大ブームとなったのである。童話の作者は栗良平――。単純な話である。私はこの作者を小栗康平監督と勘違いしたのだ。“くりりょうへい”と“おぐりこうへい”。この浅はかな誤認は、以後十数年間続いた。  童話「一杯のかけそば」は、当初から胡散臭かった。子供じみた美談をそっくりそのまま絵に描いたような話だったからだ。作者本人曰く、“実話”という触れ込みだったのだが、日常生活の実際的な経済状況からかけ離れている箇所も目立ち、創作ではないかという疑いも投げかけられていた。  しかしながらこの栗氏の童話は、後に映画化された。1992年に劇場公開された映画『一杯のかけそば』である(主演は泉ピン子、鶴見辰吾、渡瀬恒彦)。監督は西河克己。  西河監督といえば、昭和時代の映画

伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』事始め

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【伊丹十三著『ヨーロッパ退屈日記』新潮文庫版】  当ブログ2016年11月付の 「『洋酒天国』と活動屋放談」 で初めて、伊丹十三氏の『ヨーロッパ退屈日記』について触れている。といっても、ほとんど素通りであった。しかし、この本を革製のバッグに忍ばせておいて、ヨーロッパなどへ思索の旅をしてみたい――。そういう憧れを強く抱かせてくれる名著であるから、このままではいられない。  伊丹十三。個人的には、それまで何度となく彼の監督映画を観たつもりであったし、俳優としての出演作であった1983年の『家族ゲーム』(監督は森田芳光、主演は松田優作、宮川一朗太)における印象は、なかなか忘れ難く深く刻まれており、大雑把に解説すれば、中学生の主人公の父親役を演じて、情愛に欠けた潔癖性を見事に表現し、翌年の日本アカデミー賞の助演男優賞を受賞していたりする。個性派俳優としてのキャリアが円熟期を迎えた頃、伊丹氏は『お葬式』(1984年)で監督デビューし、芸能界におけるそのインパクトの余波は桁外れに大きかった。以後の連なる監督作品については、敢えて述べなくても、よく知られているとおりである。  しかしながら、ある年代の方々にとっては、伊丹氏と言えば、『ヨーロッパ退屈日記』なのだろう。俳優であり映画監督であり、その傍らに文学作品として佇立する名著『ヨーロッパ退屈日記』について、私の個人的な思い入れを込め、今後不定期でぽつりぽつりと触れていきたいと思っている。そういう決断を自らに課した。言わずもがな、これまでのあいだに、彼の文学作品に触れる機会がほとんどなかったからだ。  今回は――その第一の手始めとして――彼の軽妙なる来歴を含めたうえで、この名著のなんたるかについて、概略的に叙述していきたい。 ➤本の略歴と伊丹十三氏のプロフィール  俳優としては個性派俳優、あるいは技巧派で知られる伊丹氏の、壮年期に差し掛かる直前にしたためた文筆モノの代表作が、『ヨーロッパ退屈日記』である。このタイトルを付けたのは、『洋酒天国』の編集にも携わってきた、直木賞作家でエッセイストの山口瞳だ。  伊丹氏と山口氏が初めて出会ったのは、お互いにかなり若い頃であった――というのは間違いのない事実である。山口氏は昭和29年に國學院大學を卒業し、河出書房の雑誌『知性』の編集部に属していた。伊丹氏とはそこで出会ったらしいのだが、伊丹氏

国連切手―世界保健デーと世界人権宣言

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【2018年発行の国連切手「世界保健デー」6種】  切手に関する話である。私が小学4年生の時のクラブ活動で“切手クラブ”に所属していたことは、当ブログ 「美しき色彩―沖縄切手」 と 「見返り美人のこと」 で既に書いた。生前の父が若い頃に蒐集していた切手のスクラップ・ブックを譲り受け、クラブの仲間と切手について語り合ったり、見せ合ったりしていたのが懐かしい。残念ながら、そのスクラップ・ブックは――今はもう無い。  そうした“小さな絵画”とも言える切手を、愛おしく思う瞬間というのは、子どもの頃の記憶の名残か、大人になっても時折湧き上がってくるものである。それなりに学んだ切手の知識が基礎となって、日々の中で遭遇する切手の図案の美しさに惚れ惚れすることが、年に何度かあったりする。図案の中の世界が目眩く想像を掻き立て、この“小さな絵画”の何たる素晴らしさ!――と私は、茫然としてしまうのであった。 ➤現代的なモチーフの「世界保健デー」6種  ついこの前、国連発行の切手「世界保健デー」6種(2018年発行)について調べているうちに、欲しくなって買い求めてしまった。いま、手元にその実物がある。実に現代的なデザインというべきか、カラフルな色彩とイラストレーションに富んだ明るい趣であり、どこかしら力強さが感じられる。そう、迷いのないメッセージは実に力強いものなのだ。毎年4月7日はWHO(世界保健機関)が定めた「世界保健デー」(“World Health Day”)で、これはそのキャンペーンに準じた国連切手なのである。  補足するけれど、2021年の「世界保健デー」 のテーマは、“健康格差”(health inequality)である。特に新型コロナウイルス(COVID-19)のワクチンが公平に行き渡るよう、WHOが世界各国に働きかけている。そもそも、“健康格差”の原因は、経済的な貧困であったり、社会的な不平等がもたらすものだ。これらを是正することが、全ての人々の健康を維持し、子ども達の未来にもつながるという強い理念。このことを忘れてはならないし、様々な国連切手を眺めることで、それぞれのメッセージに込められた理念を思い起こすことができる。 ➤蒐集しやすい国連切手  私が子どもの頃に読んだ切手関連の本、小学館入門百科シリーズ16、今井修著『切手収集と楽しみ方入門』(小学館・昭和46年初版、

寺山修司が語る音楽とエロス

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【1983年刊、サントリー音楽叢書③『エロス in Music』】  個人的にここしばらく文学や演劇に関しては、寺山修司に着目し、その周縁の人々や作品に没頭していたいと思った。ごく最近知り得たのは、寺山修司がエロス(肉欲から通ずる愛。性愛)について述べた言説である。寺山と民族音楽の造詣が深い小泉文夫とが、“対談”という形式で、音楽に係るエロスについてのディスカッションを編纂した、ある書籍の企画があった。1983年刊のサントリー音楽叢書③『エロス in Music』(サントリー音楽財団・TBSブリタニカ)である。  はじめにざっくりと、この本のシリーズ――サントリー音楽叢書――について解説しておく。1982年1月に、最初のサントリー音楽叢書①『オペラ 新しい舞台空間の創造』が刊行された。この本の主なトピックスとしては、ドナルド・キーン、山田洋次、大木正興らによる鼎談「オペラへの招待」や、坂東玉三郎と畑中良輔による対談「オペラVS.歌舞伎」など。同年7月には、第2弾となるサントリー音楽叢書②『1919~1938 音楽沸騰』が出る。2つの世界大戦に挟まれた時代の現代音楽をテーマとし、武満徹、諸井誠、山口昌男らによる鼎談「もうひとつの音楽を求めて」、柴田南雄と高階秀爾の対談「現代への投影」といった内容が盛り込まれている。  ところで詳しい経緯は分からないが、いくら調べてみても、1983年刊のサントリー音楽叢書③以降のシリーズは、見当たらないのである。どうもこのシリーズは、わずか2年の間のたった3冊の出版で打ち切りとなったようだ。  この事情を当て推量するならば、3冊目の『エロス in Music』の内容が、当時にしてはあまりにも、強烈かつ斬新すぎたのではないか――。しかし、その内容が決して的外れなものではなく、かなりエロスの本質に踏み込んだ、音楽との係わり合いについて多様な論客を結集した内容であったことは、言うまでもない。ちなみにこの本の表紙の画は、池田満寿夫氏の作品である。本中にも池田満寿夫と佐藤陽子の二人が、「音楽・絵画・エロス」と題し、随筆を寄稿している。 【本の巻頭を飾る対談「エロス in Music」の寺山修司】 ➽寺山修司とは何者か  では、サントリー音楽叢書③『エロス in Music』における寺山修司と小泉文夫の対談――“音楽の中のエロス”――に話を絞ろう。

ロシアケーキと美的な写真の関係

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【中山製菓のロシアケーキ】  先々月、たまたまいただいた 中山製菓 のロシアケーキ(クッキー)が美味しくて、記録に残そうと、つい興奮しながらiPhoneのカメラ・アプリのシャッターを押したのだった。私は甘いものに目がなく、甘いものは皆美しいと感じている。  そう言えば昔は――デジタルカメラがまだそれほど普及していなかった90年代末に遡れば――こんなふうに日常の中で、“今まさに自分が食べようとするもの”をわざわざ写真に収めようなどとは、決して考えなかった。だってそれを誰に見せようというのか――。  ましてや、銀塩カメラのフィルム(24枚撮りとか36枚撮り)を、全て撮り終えたのちにカメラ屋さんに持っていって、DPE(Development Printing Enlargement)で現像してもらい、数日後に焼き付けたプリントが出来上がるのに、いったいどれだけの手間がかかるというのか。その頃「写真を撮る」というのはまだ非日常的な、ちょっとした特別な行為であって、この手間暇に見合う被写体しか、写真は撮らなかったものなのである。  そうなると、“今まさに自分が食べようとするもの”をわざわざ記録しておこうなどという酔狂は、その後の手間暇を考えれば、すっかり興ざめてしまうものなのであった。しかし、今は違う。食べ物であろうと紙くずであろうと、見せたい相手が向こう側(例えば地球上のあちらこちら)にいたりするのである。デジタルカメラもしくはカメラ機能付きケータイを所有していれば、記録した写真はデジタルデータとなるのでいとも簡単に送信でき、InstagramであったりFacebookであったりTwitterなどに投稿し、その欲求なり要請なりが叶うという仕組みである。むろん、たいがいは自己満足の行為にすぎないのだが…。 § 【私淑するmas氏のブログ[mcc blog]】  今のところ、私が長年私淑するmas氏のブログ[mcc blog]( http://blog.livedoor.jp/masmccmmb/ )は現存しているようである(当ブログ 「ピッツァからジャズへ〈一〉」 参照)。その古いブログは、mas氏が自身の備忘録のために投稿した、おおむねスイーツ・レシピ集となっている。  mas氏のそれまでにおける“クラシック・カメラ偏愛”の兼ね合いもあって、彼は比較的、デジタルカメラに移行

アイラ島憧憬―スコッチの源流

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【アイラのシングル・モルト・ウイスキー「ボウモア」12年もの】  旅そのものが敬遠され、その土地の文化の探訪や散策の醍醐味が失われる過渡期に今、差し掛かっているのかも知れない。危機的な状況ではある。いわゆるコロナ禍(COVID-19のパンデミック)の最中に、私はこれを書いている。  今、自前の インディペンデントの小型映画 を製作している関係で、そのストーリーの舞台となるニューヨーク市ブルックリンの街の風情を掌握するために、少々大袈裟に俯瞰してみるべきだと、アメリカ合衆国の植民地時代から建国、南北戦争から20世紀の世界大戦、さらには21世紀における政治史のディテールを網羅した文献を読み続けている。この強大な共和国の歴史を遡れば、その背後にあるのは言うまでもなく、スペインとイギリスである。私自身、少年時代はメディアの溢れる情報によってアメリカに憧憬を抱き、映画と酒においては、英国の風情にすこぶる憧れたものである。それらが私の規定的思念あるいは信念となり、もはや置き換えられぬもの、超えられぬものとしての、人生の大半におけるサブカルチャーそのものなのであった。  食うことと飲むこと、とりわけ酒を飲む――スコッチを飲むという心地良い“ふくよかな夜の時間帯”ともなれば、映画三昧ともなり、文学三昧ともなる。たまには、かつて愛した(もしかすると今も愛している)女性を思い浮かべることもあるだろう。  ヒッチコックで映画術を学び、ジョイスやオスカー・ワイルドで活字の美学に酔いしれたりもする。話をし始めたら、止まらなくなる。それら酩酊の源流であるスコットランドとアイルランドへの旅の思い(机上の旅に近い)は、コロナ禍でさらに実感が湧かなくなりつつも、空想が空想であるがゆえ、夜はさらに闇として深まるのである。  村上春樹氏の、スコットランドとアイルランドにおける《旅愁》の萌芽を、再び読み返してみたくなった――。酒の文化、とりわけウイスキーの醍醐味を味わいたければ、『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』(新潮文庫)を読むといい。 § 【村上春樹著『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』(新潮文庫)】  私はこの本を、もう何年にもわたって耽読している。スコッチを飲み、またはアイリッシュ・ウイスキーへの想いを馳せ、その空想を膨らませるのに最適な読み物なのだ。――今、私の片手には、ボウモ

昭和レトロ探究―健康器具ミラクルミー

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【昭和の健康器具「ミラクルミー」】  小学生の頃、コミック雑誌の広告から影響を受け、様々な通信教育やアイデア通販の玩具を注文したりしていたのが懐かしい。いわゆる昭和レトロスペクティヴの話題である。  昭和レトロ探究――。当ブログにおいては、2004年2月20日付の 「『モリ』ちくのう錠の謎の女性」 でまず当時のアイデア通販の記憶を詮索。ヒサヤ大黒堂、大杉製薬の「『モリ』ちくのう錠」の広告について触れている。2010年11月25日付の 「『月刊少年チャンピオン』のホビー通販」 では、昭和のアイデア通販(ホビー通販)の広告について記述。奇天烈な各々の玩具商品の広告テクストの妙味に酔いしれ、淡々と昭和レトロ探究に励んだ――。個人的に小学生の頃、そうしたコミック雑誌を買っていた学校近くの雑貨店については、 「小学館の学習雑誌の思い出と未来へのファンタジー」 でその面影を写真に残して紹介したこともあった。  敢えて述べてしまえば、昭和レトロ探究における通信教育やアイデア通販のカテゴリーの中で、究極的に私が関心を示しているのは、映画俳優ブルース・リーの「截拳道」(せっけんどう)と「詠春拳・ヌンチャク技法」というかつての通信教育である。当時私は後者の「詠春拳・ヌンチャク技法」をやっていたのであった――。このブルース・リーの通信教育に関しては、現時点でまだ十分な資料が揃っていない。したがって、いずれ資料が揃った暁には、当ブログでじっくりと紹介したいと考えている。そのブルース・リー云々を調べようとしていた矢先、例のアイデア通販の広告の中の、ある奇天烈な商品に目が止まったわけである。健康器具「ミラクルミー」だ。 § 【アイデア通販“めいこう”の広告より。中央に「ミラクルミー」】  今ここにその現物の「ミラクルミー」(MIRACLEMEE)がある(製造元・株式会社コトブキ、総発売元・株式会社ドレプ)。“PATENT・P”すなわち特許出願中(Patent pending)の標記も添えられている。コミック雑誌『月刊少年チャンピオン』1982年2月特大号の巻末に印刷されている、アイデア通販“めいこう”の広告には、このように掲載されている。 《ミラクルミー(ふしぎなくるみ) 勉強がすぐにいやになる人、中の磁気が指先より作用して頭脳に活力を与えます。作家、画家に愛用されている 1,480円》 (『