スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

9月, 2004の投稿を表示しています

思い切って森鷗外を読んでみよう〈一〉

中高生が本を読まない、「読解力」が不足しているということが、昨今あちらこちらで聞かれる。どの程度?ということがよく分からなかったから、ふうーんってな具合で聞き流していた。しかし本当に、深刻らしい。  ちなみに、「読解力」を身につけないと、試験や就職に不利、ということは確実に言える。いやいや、それだけではなく、社会生活を送る上で、あらゆる面で不利、であることは間違いない。  私はここで、「本や新聞を読むことは、とても楽しい」ということを訴えたいのだけれど、いっそのこと「中高生が」という主語を拡大解釈し、それ以外の大学生だって大人だって、けっこう本を読まない、「読解力」が“苦しい人”がいるわけだから、そういう人達もひっくるめて、「読書が楽しい」ということを訴えたいと思うのである。  ならば、だ。ある中学国語教科書を参考例にし、これは私からの「提案」なのだが、思い切って森鷗外の小説に挑戦してみたら――。森鷗外って誰すか?ということも含めて、もし、“あまり面白そうでない”森鷗外の小説が読めて理解できたとしたら、人に自慢できるし、本を読むことの自信がかなりつくのではないか、と思ったのである。  本を読むことが苦手な人にとって、これはとんでもない冒険になるかも知れないが、私は「思いきって森鷗外を読んでみよう」ということをここで提案したい。実は私もあまり、森鷗外が好きではないのだ。
§
 とりあえずその話は少し後回しにして、読解力が不足している昨今の云々について書いておく。  むかしむかし、私が高校3年生だった夏休みのある日。前夜から夜更かしをしてしまったせいで早朝になって急に睡魔に襲われ、そのくせ、今日は朝から出掛けなければならない、ということを突然思い出した私は、焦った。そうだった今日は、電気関連の試験を受ける友人に連れ添い、東京の試験会場まで行かなければならないのだ…(自分が試験を受けるわけではないのに)。とにかく眠い眠い眠いと思いながら(むろん電車の中では爆睡。その友人への応対はほとんど「無言の態度」をきめこんだ私)、神田駅だったか御茶ノ水駅だったかに降り立ち、大通りを少し歩いて、試験会場のあるビルに我々は到着した。  まだサラリーマンのごった返す、早朝の時間帯である。午後の待ち合わせ時間を決めた私は、友人と別れ、すたすたとJR神田駅に戻った。そして駅のホームのベン…

赤玉ポートワイン

※以下は、拙著旧ホームページのテクスト再録([ウェブ茶房Utaro]2004年9月2日付「赤玉ポートワイン」より)。
 ポスター広告『赤玉ポートワイン』は、特有の臭気を放ちながら迫ってくる作品である。
 左の写真は、初版『原色現代新百科事典』(学研)の“ポスター”の項目で掲載されていたものを私が撮影した。実際のポスターがどれほどの大きさであったかは、現物を見たことがないのでよくわからない。
《美味 滋養 葡萄酒》 《赤玉ポートワイン》
 1922(大正11)年、デザインは片岡敏郎、井上木它。撮影は河口写真館。
 このポスターのモデルになった女性は、女優業をしていた松島栄美子さんという方。壽屋(サントリーの前身)の制作スタッフは、歌劇団“赤玉楽劇座”の松島さんを旅館に呼び入れ、そこで彼女をポスターのモデルとしてスカウトした。撮影は、河口写真館にて秘密裏に行われたらしい――。  1921~22年にワシントン(軍縮)会議が開催されており、日本国内では、全国水平社などの労働・社会運動が活発になっている時代。女性の政治演説会参加がようやく認められたのもこの頃だ。いわゆる“大正デモクラシー”の時代である。
 肩から胸にかけてのヌードとはいえ、絵画ではなく写真によってヌードを広告の題材にしたのは、当時としては前代未聞、“未曾有”のスキャンダルだったに違いない。しかし私は今、このポスター広告を見て、それ以上の衝撃を受けたような気がする。  煤けた黄金色のロゴ、黒色から僅かに赤茶けた微妙な背景の色合い、そして左手にワイングラスを持った日本女性が笑みを浮かべ、その背景から浮き上がって見える。しかも全体のモノトーンの中で、グラスの中のワインだけが鮮やかな赤色を発し、立体的な構造と質感を際だたせている。
 「大正浪漫」という言葉を借りれば、それは竹久夢二の描く世界である。しかしこれは、絵画ではなく、絵画的写真の様相に近い。誤解を恐れずに言えば、夢二的な虚構世界を借りている、とも思える。
 婦人は、グラスにつがれたワインを飲んでいるわけではない。飲んで美味しいという表情を見せた瞬間はもとより、その前後の瞬間でもなさそうだ。つまり、婦人はワインというここでの主格に対してはにかんでいるのではなく、別の想念を抱いてはにかんでいる。それはいったい何なのか。
 グラスを持った左手には、たっぷりと重み…