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お茶とサブ・カルチャーのアーティクル〈八〉

前回はmas氏のライカと新宿の話。当ブログ「お茶とサブ・カルチャーのアーティクル」のシリーズは数えると今回で8回目である。これは私自身の、カメラと写真を軸とした“素行”を紐解く重要な鍵としての(「茶」の精神と絡めたりして)、過去に読み耽ったウェブサイトにまつわる“回想録抄記”となっている。  いま私は、自主制作映画というスタンスで、“ちっちゃな映画”(タイトルは『アヒルの狂想曲』)を本気で創り始めているのだけれど、その“ちっちゃな映画”的なものをかつて創ろうとしていたのが、サブカルで私淑するmas氏だったのだ。私は彼の影響を(ウェブとサブカルの側面で)多大に受けている。mas氏は90年代末頃、アメリカの写真家デュアン・マイケルズ(ドウェイン・マイケルズ、Duane Michals)に感化され、自身のカメラで撮影した散歩写真を掻き集め、一つのフォト・ストーリー作品を創ろうとしていたのだった。タイトルは、「My Last Pictures」であった。
 いま、“ちっちゃな映画”を創り始めた矢先、私はmas氏のウェブサイトをあらためて思い出す。そこにはサブカルへの深い愛着があった。彼は2000年代初め、自身のホームページ上のアーティクルにその映画創りの話を持ち込んで、読み人であった私にある種の熱量を注ぎ込んだのである。カメラとレンズと、そのアクセサリーを満遍なく揃えること。たっぷりと落ち着いた風情で世界を見わたし、その風景に己の足で大きく踏み出すこと。人生の最大の《余興》であり得るのが、映画ではないかということ――。
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 とても残念なことに、「My Last Pictures」のフォト・ストーリーのテクストも、そのウェブサイト自体も、今は現存していない(ただし、テクストは私個人がアーカイヴしてある)。それでも今年、彼の別のサイト[msbcsnb](http://www.geocities.ws/msbcsnb/index-2.html)がWWWのサーバー上に残っているのを発見して、今のところそれは、誰でも見ることができるようになっている(いずれ消えてしまう可能性がある)。更新は10年以上前を最後に途絶えてしまっているが、mas氏がそこに残した、旅行記や家族を写した写真、花などのフォト・ギャラリーとなっており、2000年代に作成したウェブサイトの一端を垣間見ることができ…

山寺 Piano Rhapsody

※以下は、拙著旧ホームページのテクスト再録([ウェブ茶房Utaro]2004年10月14日付「山寺 Piano Rhapsody」より)。

踏み入れる「印象派」の孤絶…。
山寺と円仁
【立石寺(山寺)】  860(貞観2)年、現在の山形県大字山寺宝珠山の山腹に、慈覚大師(円仁)によって、延暦寺の別院として創建された天台宗の古刹。室町末期に戦渦に遭い、焼失。  1543(天文12)年、復元。山号は宝珠山。清和天皇から貞観寺の寺号を贈られたという。延暦寺の根本中堂の常明燈を移し、東北随一の天台宗寺院として栄える。江戸時代には、幕府も保護を寄せた。立谷川にのぞむ奇岩景勝の中に、根本中堂、三重小塔などの堂宇が散在する。
【円仁(794~864)】  日本天台宗の僧。延暦寺第3代座主、山門派の祖。慈覚大師。下野国に生まれ、比叡山に入り最澄に師事した。  838(承和5)年入唐。  847(承和14)年帰国。  854年座主。叡山に秘密灌頂(かんじょう)熾盛光仏頂法(しじょうこうぶつちょうほう)を始修し、「金剛頂経疏」「蘇悉地経疏」を著わして、天台密教(台密)を基礎づけた。また、常行三味堂を建立して、五台山の念仏門を移し、あるいは文徳・清和両天皇に菩薩戒(ぼさつかい)を授け、「顕揚大戒論」を著わして円戒の宣揚につとめた。
【天台宗】  中国、日本における仏教の一宗派。中国の天台大師智顗を高祖とし、天台大師の説かれた法華経による円頓一乗の教をひろめる宗旨。日本では、伝教大師最澄を宗祖とし、滋賀県にある比叡山延暦寺を本山とする。日本天台宗は、真言密教をも発展させて、弘法大師系統の真言宗=東密に対して台密を発展させ、念仏を流行させ、禅をも伝えたほか、神道・声明・歌道・書道・華道・文学・芸術などをも摂取包含しつつ発展し、日本文化の根本を培うに至った。
〔参考文献『世界大百科事典』(初版・平凡社)『原色現代新百科事典』(初版・学研)〕
ドビュッシーと私
 私が初めて、ドビュッシーの「月の光」(Clair de lune)を聴いたのは、いつだったのだろう。赤ん坊の頃、既に家にあった“レコード・プレーヤー”と“レコード”のステレオ一式は、私をそのクラシック音楽の世界に、容易く招き入れてくれた。幼少期――その頃の最愛の「友」と言うべきものは、ひょっとすると、スピーカーから鳴り響く音楽であったの…