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4月, 2005の投稿を表示しています

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私はデュシャンの「泉」を観た

先月23日――。JR上野駅の公園口を出ると、空はまったくの濃灰色に染まっていた。まもなくぽつぽつと雨が降り始め、私は足早に公園内を通り抜けた。そそくさとライカのカメラをバッグにしまい込みながら――。  向かうは東京国立博物館(東博)。東博の平成館にて催された、“東京国立博物館・フィラデルフィア美術館交流企画特別展”なる冠の『マルセル・デュシャンと日本美術』を観覧したのである。  率直に言って今回の目的を述べると、私はその特別展で、“便器”(urinal)が観たかったのである。皓々と光に照らされ恥ずかしげな面持ちの、urinalの姿。それを粛々と見届けたいという思い。デュシャンの、最も有名な“男性用小便器”が暗がりの中で浮かび上がっていた。
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 念願の、urinalを観る目的は達せられた――。  1917年、デュシャンの「泉」(Fontain)。フィラデルフィア美術館所蔵、1950年のレプリカ。磁器製小便器。  そもそもデュシャンの作品を知ったきっかけは、20代の半ばである。彼が「フランス生まれ」であるとか、「20世紀現代美術の巨匠」であるとか、「抽象主義」であるとか、「チェスが得意」であるとか、そういった情報は頭の中にからきし無かったあの頃、偶然にして唯々その一点のみ、つまりそのurinalの写真を、ある本の中で目撃したのだった。  その本とは、宝島社の『図説 20世紀の性表現』(編・著は伴田良輔)である。しかしあくまで私は、その本で、1900年代の性表現クロニクルの位置づけとして、デュシャンの作品すなわちあの真っ白な磁器製のurinal=「泉」の写真を見たに過ぎなかったのだった。何故これが性表現に値するのか理解せず、むしろ通り一遍の解釈を用いようとすれば釈然としない写真でもあった。その時代のクロニクルとしては、モンパルナスのモデルのキキ(Alice Prin)の存在の方が、遙かに重要に思われた。  当時の私の頭の中では、こういうことが駆け巡っていた。何故このurinalが、デュシャンの「泉」という作品なのか。また本来、小便器として実際に設置して使用する場合の向きは、その有名な「泉」の写真を見れば分かるとおり、被写体urinalの正面中央に当たる排水口の部分が底部になければならず、それをわざわざこのような向き(横向き)にして作品とした意図とはいったい何なのか…

愛・地球博―ヨルダン館

※以下は、拙著旧ホームページのテクスト再録([ウェブ茶房Utaro]2005年4月8日付「愛・地球博―ヨルダン館」より)。
【浮遊する海】
死海は死すのか?
 ヨルダン館での「沈まない」体験。イスラムの国、ヨルダン・ハシミテ王国の死海は、危機に瀕しているという。湖面は海面下397メートル、南北に長さ81キロメートル、幅17キロメートル、面積1020平方キロメートル、水深146メートル、その塩分は25%。ヨルダン川の水量減少により、死海の水面が年々低下、まさにその死海は、死するのだろうか。

愛・地球博―スペイン館とフランス館

※以下は、拙著旧ホームページのテクスト再録([ウェブ茶房Utaro]2005年4月8日付「愛・地球博―スペイン館とフランス館」より)。
【破壊される地球を憂う】
スペイン館
 写真にあるカラフルな六角形のブロックは、陶器製で「セロシア」という。建築家のアレハンドロ・サエラ・ポロ設計のスペイン館である。内外を遮断せずに、外光・外気を取り入れ、半風防にもなっている。スペイン館のテーマは、「人生のわざと叡智を分かち合う」。鉱山で作業する「ペティント・ロボット」の展示や、スペインの古典文学がユニークな方法で展示されている。
フランス館
 全天18メートルのキューブ・シアターでは、「傷ついた惑星・地球」の映像が15分間流れる。人類の文明社会における主義・主張の結果がもたらす、地球の“負の部分”について語られている。その他にも、「持続可能な開発」プランの提案、「温室効果ガス削減のための特別プログラム」などが展示されている。  人類の発展的な開発が、場合によっては不幸をもたらすという側面を、目をそらさずに直視し、それを克服していこうというのが、このパビリオンの力強い存在。小さなパビリオンだが、じっくりと展示物を見ていくことで、その理念が伝わってくる。

「私」の愛・地球博

※以下は、拙著旧ホームページのテクスト再録([ウェブ茶房Utaro]2005年4月8日付「『私』の愛・地球博」より)。

【2005年という時代を反映して】

《開会式》に関する箇条書き
 2005年3月24日、木曜日午後、『愛・地球博』の開会式をNHKハイビジョン放送で見る。会場は、EXPOドーム。ステージには菜の花が敷き詰められている。背景は白の色調。天皇陛下、内閣総理大臣の小泉首相、財団法人2005年日本国際博覧会協会会長の豊田章一郎氏の祝辞あり。紙吹雪が舞い、その紙吹雪には、菜の花の種が一粒ずつ封入されていたという。オーケストラの演奏、蝶々やテントウ虫、蟻などの可愛らしい虫の恰好をした子供たちのパフォーマンス、石川県輪島の和太鼓、クラシックバレエによる『火の鳥』。さらには、トウモロコシ一粒を栽培するのに、水がどれだけ必要かという寸劇、歌舞伎と狂言のコラボレーション寸劇、など。3部構成。
万博テーマに関する箇条書き
【自然】 1.人為によらないでこの世に存在する、すべての物や現象。森羅万象。天地万物。 2.人為によらない、そのもの本来の状態であること。天然。 【英知(叡知)】 1.すぐれて深い知恵、高い知性。 2.哲学で(最高の)認識能力。intelligenceの訳語。「英知」は代用表記。 ※『明鏡国語辞典』[初版](大修館書店) 【自然】 1.天体・山川草木・動物など、人間社会を取り巻くもの。〔狭義では人間(の営み)と対立し、広義では、人間(の所産)を含む〕 ※『新明解国語辞典』[第六版](三省堂) 【intelligence】 知能、知力;理解力、物わかりのよさ、聡明さ 【wisdom】 1.知恵、賢明さ 2.知識、学識、学問
ある一つの想念記
 人間には、全人類、全地球、全宇宙を支配しようという欲望=傲りがある。もし太陽系を越えた向こうにある、星々のうちの惑星人が、地球人とコンタクトをとろうとすれば、人間は「人」から「人」へという、地球では当たり前の伝達手段で、交渉を図るだろう。  しかし、もう一つの側面にある現実は、容赦ないものだ。人間は、この地球上の生物の、一つの種に過ぎないという現実である。そしてまた、この地球上の人類のように、こうした機能と外形を持ち合わせた人類というものが、太陽系外の惑星に存在するかどうかさえ疑問だ。もし全宇宙を支配しようとするならば…