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9月, 2007の投稿を表示しています

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お茶とサブ・カルチャーのアーティクル〈九〉

約半年ぶりになる当ブログの不定期シリーズ「お茶とサブ・カルチャーのアーティクル」。前回は今年の5月。mas氏が2001年に訪れた上高地への旅行記であった。今回はmas氏の「中国茶のオルタナティブ」から。それも恐縮ながら、「お茶とサブ・カルチャーのアーティクル〈五〉」の“復習編”なるもの。初心に戻って中国茶を飲み、茶の精神論について雑学的に語っていきたい。  ちなみにmas氏に関しては、当ブログ「お茶とサブ・カルチャーのアーティクル〈一〉」をご参照いただき、「中国茶のオルタナティブ」は彼が2000年から2001年にかけて、ネットのホームページで更新していたコラムのことであり、私が当時、そのコラムを読んで中国茶についての深い造詣をつまみ取り、なおかつmas氏の“クラシック・カメラ愛”を初めとする数々のサブカルに私淑したことを敢えて冒頭で述べておく。残念なことに、mas氏の「中国茶のオルタナティブ」のホームページは、とうの昔に削除されてしまっており、現在、ネット上にそれにあたるミラーサイトは存在しないものと思われる。
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〈五〉で紹介した、「中国茶のオルタナティブ」のその六。「『茶』をどのように発音するか。誤読の歴史。」。その復習のため、もう一度ここに全文を掲載しておく。
《中国では、チャー、インドではチャイ、日本では、チャ/サ、イギリスでは、ティーTea、フランスではテThe、ブラジルではシャーcha。  もちろん、いずれも語源は同じ、中国人が「茶」を発音した音。  しかし、発音した中国人はどこの地方で、何世紀だったのか? その音をアルファベット表記した者の母国語は? そして、そのアルファベット表記をさらに違う母国語を持つ者が読み、その音をアルファベット表記したらどうなったのか? そんな誤読の歴史の中で似てるけど違う表記/発音が生まれた。  そして、飲み方についてもしかり。ミルクを入れてみたり、バターを入れてみたり、石臼で挽いてみたり、焙煎してみたり、そんな誤読の歴史の中で茶であることは変わりのないのに様々なスタイルが生まれた。  初めてミルクティーを作った人なんかはかなり変人だったと思う。それとも、すごく猫舌で手元にあった冷えた牛乳を入れてみたとか、そんなもんだったのかな。あ、あれはチャイの変形版か。インドだと水より牛乳か。。。  そういえば、香港あたりのファミレスふう大衆食…

ドルジェル伯の舞踏会

※以下は、拙著旧ホームページのテクスト再録([ウェブ茶房Utaro]2007年9月15日付「ドルジェル伯の舞踏会」より)。

 2007年8月10日、三島由紀夫の短篇集『裸体と衣裳』(新潮文庫)の中の諸作品を読み終える。「ドルジェル伯の舞踏会」は、レイモン・ラディゲと作者が相対峙する短篇で、戯曲と小説の中間的な作。例えば泉鏡花の「外科室」よりも、ある意味、耽美でしかもイメージとして「漆黒の闇」が現れてくるはずなのだ。

 三島由紀夫の「ドルジェル伯の舞踏会」などというのは、表層的にはラディゲに対する詰問責めという形で、幻の中で彼との密会を描き、夭折した若者への主観的作家的欲望を満たそうという企図になっている。その決して穏やかとは言い切れない主観的作家的欲望に、読む側が引き込まれ、同時に中途で呼吸困難に陥り、作者の欲望とはかけ離れた部分でこの一幕を垣間見ようとするが、ついにその全体像が見えぬまま幻は消えていく構図である。

 この短篇を知るきっかけとなった短篇集『裸体と衣裳』を先日手にしたのは偶然でも何でもなく、私が20歳の頃(1990年代初め)に三島文学に興味を持って『仮面の告白』や『音楽』『金閣寺』などを貪り読み、今になって読み忘れていた『裸体と衣裳』を読み始めたに過ぎない。実際、その中の三島自身の日記は特に意味はないにせよ、結果的に「ドルジェル伯の舞踏会」が引っかかってきたのである。

 さて、三島由紀夫が書いた短篇「ドルジェル伯の舞踏会」ではなく、原作のラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』の方も堪能した。こちらは恋愛小説でありながら、作者曰く「最も淫らな貞潔」が主題である。


 8月某日、ラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』読了。最後に登場人物達の破綻があるのかと思いきや、そんなものは何もなく、夫人とドルジェル伯の平常を取り戻そうとする会話で終わっている。とても小説の末尾という感じではないから、この小説は未完成なのか、意図的に最後の原稿を抜き去ったか、ラディゲ自身が時代の良識に合わせて削除してしまったか、いずれかであろうと思われる。個人的には、3番目の事由が濃厚なのではないかと思うのだが、表題の"舞踏会"がそこにあることはどうやら確信的だ。

 三島由紀夫の「ドルジェル伯の舞踏会」は決して佳作小品といったたぐいの稿ではない。かといってラディゲの表題に対…