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9月, 2007の投稿を表示しています

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酒と女と『洋酒天国』

今年に入って時折、シェリー酒なんていうのを飲んだけれど、その他はほぼ確実に、毎夜、ウイスキー一辺倒である。スコッチとアイリッシュである。スコッチは、シングルモルトのグレンリヴェットが美味かったし、いま飲み続けている12年物のザ・バルヴェニーも、スコッチならではのコクがあって美味い。思わず唸ってしまう。  アイリッシュはオールド・ブッシュミルズのブレンデッド。こちらはつい先日、空瓶になった。酒に関しては、日本酒の地酒よりもアイリッシュのラベルの方が親近感がある。おかげでここ最近は、サントリーのトリスも角瓶も遠のいてしまっていて、ジャパニーズ・ウイスキーを忘れてしまっている。あ? そう、かれこれしばらく飲んでいない「山崎」も「白州」の味も、もうてんで憶えちゃいないんだな、これが…。とここはひとまず、肴にもならぬウイスキー談義で嘯いておこう。
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 お待ちかね壽屋PR誌『洋酒天国』(洋酒天国社)第4号は、昭和31年7月発行。表紙はお馴染み、坂根進氏作のフォト&イラストのコラージュ。  昭和31年(1956年)は、“太陽族”や“ゲイボーイ”といった言葉が流行った年である。ちなみに“太陽族”(タイヨウゾク)とは何のことでございましょう? もはや死語に近いと思われるので、語源について書いておく。  同年、第34回芥川賞を受賞した石原慎太郎の短篇小説『太陽の季節』が新潮社から刊行された。この短篇小説は大いに物議を醸した。そこから“太陽族”という言葉が生まれたのだけれど、ここでは敢えて、Wikipediaからその意を引用してみる。
《『太陽の季節』の芥川賞受賞を受けて『週刊東京』誌で行なわれた石原慎太郎と大宅壮一の対談で、大宅が「太陽族」との言葉を用いたことから、特に夏の海辺で無秩序な行動をとる享楽的な若者(慎太郎刈りにサングラス、アロハシャツの格好をしている不良集団)のことを指す言葉として流行語化した》 (Wikipedia“太陽の季節”より引用)
 “太陽族”のみならず、社会の乱れた風紀を取り締まる、という公安的気概が、この時代にはあった。時代の要請でもあった。私は溝口健二監督の遺作映画『赤線地帯』(主演は京マチ子、若尾文子、木暮実千代、三益愛子)が好きである。あれも5月に公布された“売春防止法”に絡んだ話であった。この年の7月には、横山光輝の「鉄人28号」が月刊『少年』(…

ドルジェル伯の舞踏会

※以下は、拙著旧ホームページのテクスト再録([ウェブ茶房Utaro]2007年9月15日付「ドルジェル伯の舞踏会」より)。

 2007年8月10日、三島由紀夫の短篇集『裸体と衣裳』(新潮文庫)の中の諸作品を読み終える。「ドルジェル伯の舞踏会」は、レイモン・ラディゲと作者が相対峙する短篇で、戯曲と小説の中間的な作。例えば泉鏡花の「外科室」よりも、ある意味、耽美でしかもイメージとして「漆黒の闇」が現れてくるはずなのだ。

 三島由紀夫の「ドルジェル伯の舞踏会」などというのは、表層的にはラディゲに対する詰問責めという形で、幻の中で彼との密会を描き、夭折した若者への主観的作家的欲望を満たそうという企図になっている。その決して穏やかとは言い切れない主観的作家的欲望に、読む側が引き込まれ、同時に中途で呼吸困難に陥り、作者の欲望とはかけ離れた部分でこの一幕を垣間見ようとするが、ついにその全体像が見えぬまま幻は消えていく構図である。

 この短篇を知るきっかけとなった短篇集『裸体と衣裳』を先日手にしたのは偶然でも何でもなく、私が20歳の頃(1990年代初め)に三島文学に興味を持って『仮面の告白』や『音楽』『金閣寺』などを貪り読み、今になって読み忘れていた『裸体と衣裳』を読み始めたに過ぎない。実際、その中の三島自身の日記は特に意味はないにせよ、結果的に「ドルジェル伯の舞踏会」が引っかかってきたのである。

 さて、三島由紀夫が書いた短篇「ドルジェル伯の舞踏会」ではなく、原作のラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』の方も堪能した。こちらは恋愛小説でありながら、作者曰く「最も淫らな貞潔」が主題である。


 8月某日、ラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』読了。最後に登場人物達の破綻があるのかと思いきや、そんなものは何もなく、夫人とドルジェル伯の平常を取り戻そうとする会話で終わっている。とても小説の末尾という感じではないから、この小説は未完成なのか、意図的に最後の原稿を抜き去ったか、ラディゲ自身が時代の良識に合わせて削除してしまったか、いずれかであろうと思われる。個人的には、3番目の事由が濃厚なのではないかと思うのだが、表題の"舞踏会"がそこにあることはどうやら確信的だ。

 三島由紀夫の「ドルジェル伯の舞踏会」は決して佳作小品といったたぐいの稿ではない。かといってラディゲの表題に対…