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1月, 2010の投稿を表示しています

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ぐだぐだと、寺山修司と新宿風月堂の話

新宿…シンジュク…Shinjuku――と、かの時代の新宿に思いを馳せてみる。1960年代から70年代にかけての新宿。その頃私はまだ生まれていなかったから、1980年代以前の新宿の空気を知らないし、あまり話にも聞かなかった。知らなかった頃の昭和の新宿が、たまらなく知りたくなる。当面はまず、机上の空想でその頃の新宿という街を読み解いていくしかない。
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 机の上に資料を並べた。グラスに琥珀色の酒を注ぎ、その薫香を味わいながら、新宿の、今よりももっと“図太かった”街の様子を、大雑把に想像してみる。地下階段から這い出た東口付近の通りの、歩く人々の交差とネオンの夜景。どこまでも世相が反映する人々の服装、化粧、身につける装飾品。そして今でこそ、大事そうに片手に抱えるケータイからSNSに夢中になる人々のうつろな眼差しというものは、あの頃には、まったくなかった。そのことは、逆に不可思議な想像と映るかも知れない。思う存分、そんな昔の新宿の街を、心にしみるまで想像してみた――。  昭和の新宿への懐古的空想は、まるで古びて黒ずんだ幻燈機の放つ、妖しい光のように淡く切ない。ゆらめく光が幻影を作り出し、幻影と幻影とが交錯し、《記憶》の襞を刺戟する。  新宿という街は、どこか人々の《記憶》を曖昧にしてしまう負の力がある。特有の後ろめたさが、心の裏側にこびりついて失うことがない。私がかつて、学生時代に街を歩いて目撃した新宿の所々には、60年代から70年代にかけての新宿の幻影なるものが、二重写しのようになって残存していたように思われる。この時既に、私が見た街の記憶は、事実と虚構の境界線をゆらゆらと行き来するような曖昧なものであった。
 新宿は、闊達とした街である。時代の変化を感じさせない文化的スケールがある。どういうわけだか今、私は、新宿という街を愛してしまっている。繰り返し繰り返し、そのことを追想している。  確かに中学生の頃は、新宿という街の猥雑さに憧れた。国籍を問わず多種多様な恰好をした大人達が、主体性もなく街をさまよっていることに憧れた。が、街への憧れと愛着はさほど長くは続かなかった。いま再び、新宿という街について思いを馳せてみると、やはり少年時代に見た新宿の、あの大人びた、どこか汚らわしくそれでいて少し寂びて枯れた心持ちの、なんとも言えないざわざわとした雰囲気が、たまらなく脳裏に甦…

ユリノキと土偶

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2010年1月13日付「ユリノキと土偶」より)。

 やや強風の晴天下、昨日は上野の東京国立博物館を拝観しました。
 私が上野の学校に通っていた頃など、平日午前の恩賜公園や博物館は、人が疎らであったのに対し、今は平日も休日も関係なくひっきりなしに多くの人が訪れるようです。それでも昨日の午前は、穏やかな散歩日和の公園でしたけれども。
 『国宝 土偶展』。
 群馬県東吾妻町出土の「ハート型土偶」(縄文時代後期)には、懐かしい思い出があります。
 私の小学生時代は、考古学や古生物学に関心を持つ友人が多く、グループで貝塚跡などを掘ったりしていました。ちょうど友人の家の近所が畑になっていて、埋まっている貝の臭気がすごかった。少し掘ると無数の貝が出てきて、土器の欠片が出てきたものです。
 ともかくそんなことに夢中になっていた頃、親に連れられて埼玉県のさきたま古墳群を見学しました。
 ここの駐車場に古びた売店があって、レプリカの土偶が売っていました。5センチほどの大きさのかわいらしいハート型土偶があったので、お土産にそれを買いました。
 子供だった私は、本物の出土された土偶とレプリカとの違いも曖昧でして、家に飾ったハート型土偶は本物なのではないかと悩み始めました。あのお店は、古墳群の傍で、不法に本物を売りさばいているのではないか、私は間違ってそれを買ってしまったのではないか、という子供ながらの妄想(笑)。
 しかしそれにしても、そのレプリカは、精巧であったのだと思います。いつしか友人にあげてしまいましたが。いま、博物館のミュージアムショップで売られているレプリカは、レプリカではなく単なる土産用の模造品といった感じで、あまり精巧ではありません。
 このハート型土偶、いったいどういった経緯でこの形状になったのか、あるいは伝承されていったのか。そうした各々の地方に伝播する生産性と手段について、どれほど現在解明されているのでしょうか。

4ビットマイコン

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2010年1月12日付「4ビットマイコン」より)。

 学研『大人の科学』第24号はマイコン特集号で、付録は「GMC-4」という4ビットマイコンです。定価2,500円なのですが、オークションで出回っているかと思い、先日探したところ、付録実機は組み立て済みの中古本(ほとんど新古本状態)をわずか1,000円で入手することができ、組み立ての面倒も省かれ、なおかつこの値段で入手できたことに、我ながら拍手喝采でした。
 ということで、この「GMC-4」をPanasonic DMC-GF1で撮影。  レンズはLUMIX G 20mm/F1.7 ASPH.。それはそうと、このカメラの本体が頗る良い。手に馴染みやすい程々の大きさの筐体。各機能ボタンの合理的な配置。無駄がありません。  4ビットマイコンは、マイコンを知るための、トレーニングキットです。ちなみに私は、Windowsで試せる「TK-80」のシミュレータ(エミュレータ)も持っています。かつての1980年代のマイコンブームを少年期に体験し、かつ工業高校を卒業した私にとっては、こうしたトレーニングキットが宝物のように思えるのです。

珈琲と私

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2010年1月3日付「珈琲と私」より)。

 昨年だったか、一昨年だったか、個人的にコーヒーについて調べようと思い、ネット上をくまなく検索した。いろいろな書籍にも出合った。ちなみに、コーヒーは私にとって毎日欠かせない嗜好品である。
 グーグル検索で偶然、ある一般の方のブログにぶち当たった。  「珈琲と私」(http://iwashi14.exblog.jp)。いわしさんという女性の方のブログで、かなりの頻度で引っ越しをしているという印象を受けた。コーヒーの話題についてはほとんど覚えていない。
 コーヒーのことよりも、この人の動向が気になって気になって仕方なく、昨年、頻繁にアクセスさせていただいた。ところが…。  2009年6月21日付でブログの書き込みが止まった。引っ越し時の写真がそこに掲載されているが、それ以前の記事を閲覧することはできなくなった。開店休業状態である。
 しかしそれにしても、この1枚の写真を眺めれば眺めるほど、普通の写真には見えなくなる。引っ越し作業によって和室の周辺の荷物は既にどこかへ移動され、畳の上には、ちゃぶ台代わりにされた段ボール1箱、トランジスタラジオ1台、座布団2枚、パンが2種、段ボールの上には日用雑貨の写真が見える紙2枚が敷かれ、その上にカップに注がれたコーヒー2つ、牛乳パック1個、食べ尽くされたヨーグルト1個、封の切っていないクリームパン1個、丸められたアルミホイル。
 なんとも物悲しい写真である。  私はこのブログが復活することよりも、この6月21日付の記事と写真が、永遠にここに在り続けてくれることを望む。そして、いわしさんという方がこの後どこへ行き着いて、どんな生活をしているかをずっと夢想していたい。