映画『力道山』

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2010年3月2日付「映画『力道山』」より)。

 CSで放送していた『力道山』を鑑賞。

 監督はソン・ヘソン、主演はソル・ギョング、中谷美紀、萩原聖人、藤竜也、武藤敬司。(敬称略) 2006年韓国映画。

 曲がりなりにも“プロレスファン”は、プロレスを扱った劇映画やドラマを見るべきか、見ないで素通りした方がベターか、ということを常々考えさせられます。率直に言って、この『力道山』やダーレン・アロノフスキー監督の『レスラー』などは、前者に値すると思います。

 しかし基本的に私個人は、“プロレス”を劇的に扱うのは「見るに堪えない」と思ってしまう質で、プロレスを描いた他の映画やドラマをほとんど見ていません(尤も“プロレス”を取り上げた作品は少ないですが)。

 いずれにしても、ソン・ヘソン監督の『力道山』は、生身の力道山の半生を描きつつ、その内面(心情)のみを抽出して映像化することに成功していると思います。力道山をあまり良く知らない人が見れば、彼のその破天荒で無頼な人生と人間模様を、肉薄する映像から存分に感知することができるでしょうし、力道山をよく知っている者が見ても、あの時代のプロレスラーの生き様に触れることができるでしょう。

 この映画の優れたところ、見どころについては、Amazonのレビュー欄にある皆さんの批評に同意する部分が多いので割愛しますが、不満な点を敢えて書いておきます。

 この映画に足りないのは、生身の力道山の内面(心情)を極力描こうとする作用が働くあまり、彼が戦後の英雄と称された「プロレスラー・力道山」となっていく外面が、かなり希薄になっている点。それはこの映画のハイライトとなる要素を多分に秘めていたと思うのですが、対シャープ兄弟戦にしても、昭和の巌流島対決にしても、ディテールに凝って欲しいと思いました。(当時のリングのディテールは素晴らしかったけれども!)

 まず気になったのは、本物のレスラーら(それも大物揃い!)をキャスティングしたために、彼らの体格のでかさと力道山の体格が釣り合わなく貧弱に見えたこと。その点で外面としての力道山のオーラが消えています。本物のレスラーを起用するのであれば、無名であっても小柄な選手を用意すべきだったでしょう。

 また彼ら本物レスラーが、当時はまだ無かった(使わなかった)技を用いるので、試合としてのディテールに欠けます。ランニングしてのエルボーバットやブレーンバスター、コブラツイストなどはNGとすべきだったでしょう。サイクロンホイップも微妙ですね(笑)。

 また、力道山が流血して苦しがっている姿も、肉薄しすぎてプロレスではない。全体としてもう少しコミカルに抑えた演技が適切だったと思います。

 最後にもう一つ、「プロレスラー・力道山」が見えなかった大きな要素は、ストーリー的に巌流島対決にスポットを当てすぎ、テーズやデストロイヤーなどの欧米選手の招聘にスポットを当てなかったこと。

 日本人ではない彼が、生粋の日本人の魂を合わせ持ちながら、日本人の文化的復興のために「運動」し、猛烈に日米外交に寄与した「内面の交錯と破綻」こそが、力道山の真の姿ではなかったでしょうか。

 とにかく、人間・力道山を描いた無骨で繊細な映画です。

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