ラムの酩酊とロウソクの火

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年12月31日付「ラムの酩酊とロウソクの火」より)。

大晦日、ロウソクに火を灯す
 大晦日とは言え、あと数時間で年を越してしまう今、今年を振り返っても仕方がないので、今年最後のブログは簡単に。

 読み続けている『愛蘭土紀行』(I・II)。そして数日前に読み終えた箇所に戻り、再読する。

 福原麟太郎がオスカー・ワイルドからチャールズ・ラムに傾斜したという箇所が濃い。

《文学には大なり小なりの酒精分が入っている。オスカー・ワイルドは強い酒だが、ラムは、水とまがうほどにしか酒精分は入っていない》
(『愛蘭土紀行I』より引用)

 ちなみに私は缶詰のコンビーフが大好物で、コンビーフ1缶あればご飯3杯はぺろりと食べられるほど。しかしながらこの話を友人に話すと、途端に嫌な顔をされるか、コンビーフなど食べたことがないと言われるかどちらかです。アイルランド系移民のアメリカ人が祝祭日にコンビーフとキャベツを使った料理を食べるらしく、そういう意味では自分にはアイルランドの血が混じっている、と法螺を吹きたくなります。

 ラムの『エリア随筆』の「近代の女人崇敬」を読んでいて、岩波の復刻本のための旧字体と、ラムの苦み走った文体とが複雑に絡み合って読後的に酩酊、私はとてもこれが酒精分無しとは思えないのですが、酒の種類としては軽めのカクテルだとかビールといったものではなく、濁酒か芋焼酎のように粘着性がある感じ。しかし確かに、酔いとしては少なめなのかなとよく分からなくなってくる。

 そこへ大晦日のテレビの歌番組から、還暦を過ぎた山本リンダ嬢がステージで踊りまくっている光景を見る。ラムが突然描き出した映像としか思えない。

《…老女性の尊厳な姿に対しては、吾々が祖母に対して示すよりも以上に丁寧に、譲歩して道の壁に接した内側の方を歩かせるのであった(よしそれが年寄りの乞食女であっても)。彼は当代の勇敢な武士であった。自分を擁護して呉れるべきカリドア又はトリスタンのない婦人達に対してのサア・カリドアであり、サア・トリスタンであった。既に萎んでから久しい薔薇も、その枯れた黄色の頬に於いて、彼の為にはなお花を咲かしているのであった》
(ラム著『エリア随筆』より引用)

 もはや今年1年を振り返る余地なし。

 ロウソクに火を点け、鎮魂を祈る。不慮にしてあの世へわたった者も生きる者も、共に救われ、明日の安らぎを求めよう。死んだ者も明日がある、と思いたい。

 震災でこれほど無力感に陥ったことはありませんでしたが、せめて私にもできることは、ロウソクの火を付けることぐらいだろうということで、来年へのブログへと繋げたいと思います。

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