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3月, 2012の投稿を表示しています

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お茶とサブ・カルチャーのアーティクル〈六〉

サブカルで私淑するmas氏のウェブサイトが、ネット上で見つかった。奇跡の発見。過去に抹消されたと思われていた一部のページが、まだサーバーに残っていたのである。思いがけぬハプニングに、私は今、とても昂揚している――。

 ウェブサイト[msbcsnb]http://www.geocities.ws/msbcsnb/index-2.html)。mas氏がかれこれ20年ほど前に耕していたウェブサイトであり、ラスト・アップデートは2008年4月15日となっている。つまり10年ほど前に最後の更新をして以来、ずっとそこに、ネット上で眠り続けていた、ということになる。この10年間、私はまったくそのことに気がつかなかったのだ。
 mas氏のウェブサイトは他にも[mas camera classica]というのがあったが、どうやらそれはこのドメインのディレクトリには残っていないらしい。もともとドメインが別のため、そちらはおそらく、もう現存していないかも知れない。
 この度発見した[msbcsnb]トップのインデックスのページには、彼愛用のクラシック・カメラとレンズによって撮影されたと思われる、奥さんと可愛い娘さんの当時の画像がそのまま残って掲載されている。残念ながらこのサイトは、オーナーであるmas氏とコンタクトを取ることができない仕様になっているが、ともかく私個人の感覚としては、不思議な気がしてならないのである。何故なら、もうこれらはこの世に無いと思われていたのに、本当はそこに在ったのだから――。

 発見したのは、まったくの偶然であった。前回の「お茶とサブ・カルチャーのアーティクル〈五〉」の原稿を書く直前、mas氏に関連したワードを試しに検索したところ、このサイトがヒットしたのだった。まさに瓢箪から駒である。トップのインデックス・ページから紐付けされたページはけっこう多く残っているので、どれを閲覧しても懐かしい思いがする。mas氏の撮影された写真を眺め、テクストの隅々までを私はかつて、何度もアクセスして耽読したのだった。
 実を言うと、私自身がプライヴェートで付けている日記を調べたら、mas氏のサイトに関する記述が膨大に見つかった。およそその記述は2004年から2009年にまで及び、彼のサイトに関する感想が短文で記録されていたのである。そのテクストを参考にして今回、あるワードを…

架構の空間

先日、何気なく手に取った『學鐙』(2012年春号・丸善出版)の中の、隈研吾著「不便な建築」を読んだ。“便利な機械”はあるが“便利な建築”というものはない、という書き出しで始まって、建築家ル・コルビュジエの“住宅は住むための機械である”という名フレーズに関連し、彼が建築したサヴォア邸の実際的な不便さについて触れていた。
 隈氏は、《便利さとは、一種の自己中心主義、人間中心主義にもとづく判断基準なのである。「便利な機械」というのは人間中心主義にもとづいて、人間に奉仕する一種の奴隷として作られたものである》と定義している。また逆に建築においては、そこで人間が従属し、奉仕している、のだという。

 コルビュジエの名作中の名作であるサヴォア邸の白いsquareの美しさは、誰が見ても美しいと思える。だが人が住むための建築としては、見た目で美しい、だけでは済まされない。

 コルビュジエは先の名フレーズによって20世紀を一歩前に踏み出したが、人が家に住むということはどういうことか、建築とは何か、の山ほどの課題が同時に噴出した。そしてあらゆる建築家がそれを思考熟慮した。白いsquareに魅了されつつも課題を乗り越え、時代が過ぎ、隈氏の言う“便利な建築”というものはない、という客観に至った21世紀の初頭を我々は過ごしている。

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 何故私が隈氏の「不便な建築」をここで取り上げたかというと、この21世紀の初頭、DAW(Digital Audio Workstation)という《魔法の箱》をついに手にしてしまった、音楽を作る側の人間の心の、悩みと不穏と優雅さとを暗示しているかのように思えたからだ。

 DAWは“便利な機械”であるか。

 かつての時代のレコーディングスタジオの有り様は、ほとんどすべてと言っていいほどDAWの箱の中に収まってしまった。だからといって、音楽が(誰でも)簡単に作れると言えるのか、という問題である。

 自宅スタジオという名目でDAWを中枢に据え置き、その周囲に付随されるべき機材を含めたシステム全体は、まさに架構の空間としての建築だ。音楽制作におけるこれらの機械は、機械でありながらも建築部位であり、身体的な部位でもある。これらが使用者にとって心地良い部位でなければ、単なる不快な部位となり、架構の空間そのものが不快と感じられてしまう。
 私が設置した自宅スタジオの中の…

アルバム制作メモのこと

自分自身が忘れかけていたものが見つかった。 それは、1990年代の中頃――25、6歳頃に書かれた「アルバム制作メモ」というメモで、自主制作中だったCDアルバムのコンセプションについて箇条書きしたものであった。

 ここに書かれたメモの内容は、今でも自分自身の音楽スタイルに通用する。むしろ今それに気づかされて、コンセプションの重要性を再認識するほどだ。以下に書き出してみる。

・シンプルな音源がヴォーカルを引き立てる。
・要所要所のポイントを設定し、ヴォーカルとの兼ね合いでアレンジを構成する。
・ヴォーカルパートを邪魔するパートを削除する。(ブラス、リード系、グロッケンなど音色が似ているもののメロディラインは避ける。)
・サビリピートはアレンジを少しずつ変化させる。(スネア、パーカッション)
・ディストーションをかけたギター系の音とアゴゴやカウベルを混ぜ、ブレイクビーツを作る。
・ステレオギターのワウ、あるいはフランジャーでバッキングを作る。
・スネアの変化は2~3段階に分ける。(リムショット含む)
・Apf、Epfの音色の選択に気をつける。
・アルバムの構造で重複する説明を省く。(余計な説明も)
・奇をてらった構成、テーマを避ける。テーマ性に欠けた題材もダメ。
・メロディラインの検討。(時間をかけて)
・すべてのパートのエディットをチェックする。
・バックグラウンドヴォーカルの付加の必要性をよく吟味する。
・「(プリプロ期間)作曲活動→オケのデモ作成→実質的な打ち込み制作→歌詞(ヴォーカルアレンジ)の作業→レコーディング」の行程や順序を曖昧にせず、デモと本作業の区別をはっきり付ける。(長いスタンスで1曲を構築していくこと)
・ヴォーカルマイクの選択とリバーブ等のエフェクトクオリティを重視する。

 貧弱と思われて当然な限られた機材を駆使して、いかに自己表現を完結できるか。完全燃焼できるか。20代の頃の自分を振り返り、何を残してきたか、何をやろうとしていたかを逆に研究することで、今後の精進に繋げてゆきたい。