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7月, 2012の投稿を表示しています

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90年代のフェティシズム―スピリチュアル・ヴァイブスとトリス

今宵は、酒と音楽と恋の話で妄想したい――。こんなテーマが、野暮で冗長でありふれた戯言すぎることを私はよく知っている。それでも尚、このテーマから背くことができないような気がする。好きな音楽、好きな酒、そして熱い恋の話。どう転び回って語り尽くしたとしても、それは陳腐極まれり――なのだけれど、もはや逃れることが不可能なようだ。酒場の片隅で友人にとうとうと語るというより、むしろ、踊り子達が退けた深夜の裏通りか何かで、ぽつりぽつりと雨が降り出した挙げ句、にわかに思い出して呟き始める過去の記憶のようなもの。網膜に映った一瞬一瞬の、そんな蒼茫たる調子の無益な話だと思って、潰せる時間があるのなら是非読んでいただきたいと願う。
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 酒と音楽と恋に関して、まったくの個人史的な眺望から、“90年代”の10年間を振り返ってみたのだった。すると、前半の5年間は演劇活動にどっぷりと浸かり、後の5年間は、音楽活動で喘ぎ苦しんだ、という2本立てとなる。そのうちの後半のいずれかの頃、酒の本当の旨味というものをようやく知り始めた――ということになるのだろうか。ここで敢えて述べておくけれども、クリエイターにとって酒と音楽と恋とは、常にそれぞれが雑多に連動し、切り離せないものであるということを、確信を持って私は言いたいのである。  閑話休題。どちらかというと、後半の5年間の方が、心理的にも泥沼であったなということを思い返す。しかしながら、これら10年間をいくら振り返ってみても、客観的な「幸」と「不幸」を判断することはできないのだ。また、そんなレッテルを貼ってみたところで、ものの数秒で価値観はたちまち変わり、やはりすべて「不幸」であったと投げ遣りに思いかねないのだけれど、見方を変えれば、すべて「幸」であったとも思えるのである。決して不幸せな時間が長くは続いてはいなかった、と信じられる10年間であった、とも言える。だから、その手のレッテル貼りの判断は、よした方がいい。
 私が90年代に出会った音楽などは、すべからく自身の創作活動の肥やしとなっていたことは確かだ。ところで、ぴょこりと90年代半ばに現れた、一組のユニット、竹村延和(Nobukazu Takemura)氏とヴォーカリストの野中紀公子さんの「スピリチュアル・ヴァイブス」(Spiritual Vibes)に対しては、ある種の偏見とジェラシーと怨…

秘密基地

敬愛する作家・伴田良輔氏に倣って、少し猥雑な話を駆り立ててみたい。
 音楽レコーディングにおけるプライベート・スタジオなどというものは、かつて少年が心をときめかせた“秘密基地”のようなもので、『ウルトラマン』に出てくる科学特捜隊だとかウルトラセブンと協働した地球防衛軍が極東支部とする富士周辺の基地、などがそれに相応する。かつて少年――と書いたが、おそらくそういったものに心ときめいたのは昭和の世代の少年達であって、平成世代の子供らの感覚はこれに当てはまらないかも知れない。少なくとも私は“秘密基地”に憧れ、プライベート・スタジオという空間で言わばそれを具現化してしまった。

 私が小学生だった頃――昭和50年代――我が町の宅地造成と商業地開発の波はまだ緩やかで、あちこちに松原とその他の雑木林が顕在していた。そういった場所は夕暮れを過ぎると、一気に視界が陰って暗くなり、闇の空間に変貌した。子供らにとってそういった雑木林は、良き遊び場でありつつ何かの秘密事をするには最適な場所であった。

 さて、とある空き地の一角が、私とその仲間達数人の集合場所…憩いの空間…サロンとなっていた。ちなみにそのような場所はいくつもあって、大人達がやってきて都合が悪くなれば、用意周到に別の空き地へと移動する。その行動はまるで少年探偵団まがいだ。
 その、とある空き地が心地良かったのは、ほぼ10メートル四方の一角全体が、高さ2メートルほどに伸びた蔓草で覆われていたからである。しっかりと太い茎は子供らの身長を超え、巨草と化した蔓草の葉も大きくざらついていて四方の壁面部を呈し、大人らは近寄らず、子供らの隠れ場所には最適だった。
 そこはジャングルに見立てられた秘密基地、であった。蔓草の茎を部分的にへし折り、ジャングルの内部へ続く通路を形成。内部の中心部には、段ボールで小屋のようなものを拵え、そこが我々の本部だ。ここでしばし他愛のない秘密会議が催される。

 ある日の朝、登校途中で仲間の一人が、道端に落ちていたビニ本を発見した。雨ざらしで雑誌は干涸らびた状態となっていたものの、なんとかページをめくることができる。とは言え、朝方から小学生がそれを路上で見入ることは許されない。小学2年生の少年にとってその発見は、驚愕と危険と微弱な性欲とが複雑に入り交じった一大事件であった。彼の咄嗟の判断によって、そのビニ本…

誘惑は螺旋階段のように

スパムメールの中身にうつつを抜かしてはならない。が、延々と自問自答を繰り返す日々の中に、時折、階段から滑り落ちる一瞬というのがある。〈滑り落ちてみようか〉と思わせる未知なる鋭利な誘惑である。
 そもそもこの一瞬の魔は、メールソフトの迷惑フォルダが機能的に不完全であることから生じる。迷惑フォルダは、プログラムがメールの受信時に自動的にスパムを抽出し、正規の受信フォルダと区分される。当然、迷惑フォルダに区分されたそれらは、ほとんどがゴミ同然のメールであり、私が使用しているメールソフトの場合、これらはメーラーを閉じた瞬間に自動的に削除される。
 ただし、迷惑フォルダの中には、たまに重要な――スパムでない――メールが紛れ込んでいることもある。従って、一応、人が確認しなければならないのだ。その際、各スパムのオブジェクトが眼に入る。これが怖い。このオブジェクトが誘い水となり、ついその中身を確認したくなってしまうのだ。

 ところが最近、一部のスパムには面白い傾向がある。内容が富みに幅広くなった。馬鹿げたことだと思う下品な内容から、つい次回の続編を期待してしまう上品な内容のものまで網羅されている。

 筑摩書房のPR誌『ちくま』で歌人の穂村弘氏が連載している「絶叫委員会」で、こうした面白いスパムに関することが取り上げられていた。ある号では、実際に私が見たことのある内容のスパムが引用されていた。夫を失った未亡人・千枝という女性の投稿メール(あくまで作り事だろうが)。2000万円もの遺産を、あなたに差し上げたい云々…。

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 例えばごくありふれた、エログロナンセンスなスパムというのは五万とある。実際に届いたメールの文章を少し引用してみる。
《経験豊富な人なら、私を優しく扱ってくれるんじゃないかと思って、連絡してみたんです…私じゃダメですか? もし私みたいな子供でもよかったら、経験させてほしいんです…大人の男性に可愛がってもらうのがスキです。処女だってことで、負い目を感じてるので、早くここから脱出したい…と思って焦ってメールしてます。たとえば、明日とかあさってとか、都合どうですか? 私でもいいと思ってくれるなら、優しく奪って経験させてください…よろしくお願いしますm(__)m》

 私は処女である、という告白で不特定多数の男性を誘惑する、よくあるパターン。年齢が記されておらず、思わず中…

赤エンピツの少年

つるりとゆで卵の白身のように、色白で肌質に凹凸がなく、丸坊主の毛先がやけに揃いすぎていて野性味に乏しく、喋り出すと快活さはあったが、途端にもごもごとして歯切れが悪くなる。決断力もある方ではない。ひょろりと長身な中学3年の少年Kに対する私の印象は、実を言うとそんな程度のもので、彼が同じクラスメイトであるということ以上に関係性があるとすれば、小学生の頃、同じ少年団で剣道をやっていて顔見知りであるということだけであった。

 彼はある日、日曜の午後を街の中心部にあるデパートで過ごした。彼の家はここから少し遠かったが、規模の大きなデパートといえばここだけであったし、ほとんどここに来ることが彼にとって毎週の決まり事のようになっていた。
 青い空に何か白い鳥がせわしく横切った。Kは躍動する心臓の振幅を感じながら、デパートの入口傍にある、小さな機械へと向き合った。既に小銭は掌にあったので、それを機械の投入口に差し入れた。
 機械が妙なメロディを発しながら何か喋り始めた。彼の手付きは慣れたもので、ディスプレイの横にあるテンキーボタンを一つずつ押し、自分の生年月日や性別やら、その他の事柄を音声に従って入力していった。

 やがて機械から、細長い白い紙がゆっくりと垂れ下がって出てきた。買い物レシートのような青いインクのギザギザの文字、それはカタカナと数字のみの印字であった。
 紙の出口のカッターでそれをちぎると、彼は眼を大きくして俯き、その小さな文字を読もうと懸命になった。僅か数秒で読み終えると、彼は一目散に駐輪場へ駆け走り、街の中へ消えていった。

*

 ある日私は学校の教室で、Kの不可思議な行動に釘付けになった。何やら手には紙の束を抱え、生徒一人一人に話しかけながらそれを渡して回っている。やがて彼が私の目の前にやってきて、同じように何かを話しつつ、一枚の紙が手渡された。それは手書きの文章を一色刷のカラーコピーで複製したものであった。
 “赤エンピツ”と書かれている。赤エンピツとはなにか。

 どうやらそれは、彼の実家が商売している文房具店のチラシだった。“赤エンピツ”が店の名だという。
「開店1周年特売セール」
「文具・ファンシー7~3割引」
「開店1周年記念プレゼント進呈」
 などと書いてある。

 この時の彼の行動を垣間見たとき、私の彼に対する印象ががらりと変わったような気がした。商…