投稿

11月, 2012の投稿を表示しています

☞最新の投稿

アイリッシュ・ウイスキーとジョイスの話

イメージ
【世界最古の蒸留所が誇るアイリッシュ・ウイスキー「キルベガン」】  朝日新聞が毎月第1日曜日に発行する特別紙面[朝日新聞グローブ](GLOBE)のNo.245は、興味深いウイスキー特集だった。その紙面のトップページにあった写真に、思わず私は眼を奪われたのだ。それは、ウイスキー・グラスに注がれた琥珀色の液体が、揚々たる深い海と化し、そこに突き出た南極大陸の氷山を思わせる氷の塊の、なんとも美しい風景――。  この世に存在する桃源郷とは、そのようなものなのだろうか。写真の下に、それとなく村上春樹氏の言葉が添えられていた。 《あらゆる酒の中ではウィスキーのオン・ザ・ロックが視覚的にいちばん美しい》 (『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)』新潮文庫)。  私はしたたかにこのウイスキー特集を読んでから、ジェイムズ・ジョイス(James Joyce)の本を開いた。ウイスキーのオン・ザ・ロックがこの世で最も美しい酒の姿であるとするならば、ジョイスの小説は、男にとっても女にとっても、破廉恥で最も穢らわしい毛皮をはいだ自己の内面の姿を、目の前の鏡の中に見出す瞬間を与えてくれるものであり、その傍らに寄り添うウイスキーは、みすぼらしい本当の《私自身》と“親しい友”でいてくれる、最良の飲み物なのである。  ゆえに私は、心からウイスキーを愛している。 【[朝日新聞グローブ]No.245「ウイスキーの時間」】 ➤GLOBEの「ウイスキーの時間」  特別紙面のウイスキー特集のメインテーマは、「ウイスキーの時間」。コロナ禍で「家飲み」が増えたという。どの国においても、家族や友人知人と共にバーやレストランなどで酒を飲み交わす機会が減ったというわけだ。そんなご時世でも尚、ウイスキーは世界的なブームだそうである。むしろビールやワインとは違い、ウイスキーはもともと孤独を愛する人々が嗜む酒の代名詞であったから、「家飲み」の需要が底上げしたのかも知れない。  とは言いつつも、ウイスキーは近頃、ハイボールという飲み方でもたいへん愛されてきているから、女性が好んで“軽くウイスキーを飲む”という機会が増えているせいなのだろう。  紙面全体の内容を大雑把に要約すれば、スコッチの生まれ故郷以外の国でも――勿論日本も含まれる――新しいウイスキーが次々と誕生しているという。  ここでいう新しいウイスキーとは、伝

漱石のこと〈二〉

イメージ
 私が高校時代に新潮文庫の『こころ』を買い、その後、ますます漱石文学に夢中になり、同じく新潮文庫の『文鳥・夢十夜』だの『門』だのを読み始めた経緯には、やはり底辺に《明治》に対する漠然とした関心が強くあったからだろう。特にその時代の文化的特質を思考することは、《明治》文学そのものへの関心となり得るわけで、こうなるともはやそれは理屈ではないのである。  ただ奇妙なことに、私自身、何故か漱石の『吾輩は猫である』にあまり好奇心を抱かなかった。先述した新潮文庫のそれにも手が伸びておらず、根本的に私の中で『猫』 を忌避していたと言うしかないのだが、その理由についてはよく分からない。とても不思議なことである。  一昨年、ようやく重い腰を上げて、なんとか映画版を観た。 〈市川崑監督の『吾輩は猫である』を観た。映画のフォルムでこれだけ軽妙洒脱なのは、役者の品がいいせいなのか、市川崑と漱石の相性が良いからなのか〉 (自身のツイッター内ツイートより)  それがまた非常に面白かった。漱石の文学的世界をよく表現していて、誠に軽妙洒脱だったのだ。この1975年公開の『猫』の他、市川崑は1955年に『こころ』、さらに遺作となった『ユメ十夜』(第二夜を担当)と漱石作品を手掛けており、市川監督が漱石フリークであることは疑いの余地はない。  ところで、時に岩波書店PR誌『図書』の2012年10月号を読んで、筒井泉氏の「漱石の『猫』とホートン」のエッセイが興味深かった。  筒井氏の肩書きは“高エネルギー加速器研究機構・物理学”とあるが、ここでは『吾輩は猫である』の中でユーモアに展開される「首縊りの力学」の話題について論述されていた。学者サミュエル・ホートンの「力学的、生理学的な観点から見た絞首刑について」を漱石がモチーフとして工作し、寒月、迷亭、主人らの会話を面白可笑しくしている箇所である。  筒井氏が指摘した事柄を要約してみる。  「首縊りの力学」(的考察)を論文にしたホートンはアイルランド出身で、ダーウィンの進化論否定の考察材料として、ある種の企図により、アイルランド人特有の滑稽な情趣でもって“首縊り”すなわち絞首刑を物理学的、そして自然神学的な側面で説いた。寺田寅彦を通じてこの論文を知った漱石は、『猫』の中にこの風変わりな論文

学生時代の旋盤

イメージ
  「エジ蓄のコーナー」 の中で、〈グラフォフォンであるとか、1878年の「フォノグラフ」を見ると、ちょっとした“旋盤”に見える〉と書いた。トーマス・エジソンが発明した、 錫箔を切り削って溝を作り、音を記録していた時代の蓄音機のことだが、そうした黎明期の、試作品としか思えない蓄音機を見ると、どうしても私にはそれらが“旋盤”に見えてくるのだ。この“旋盤”という言葉で思い出したことがある。  工業高校を卒業した私にとって旋盤は、決して馴染みの薄いものではなく、何か親身なものとして感じられる工業用機械である。ちなみに旋盤とは、金属製の素材を回転させながら、様々な形に切り削る工作機械なのだが、工業高校在学当時、機械科の作業室の一室にNCフライス盤というのが設置してあって、近年導入したもので非常に高価だということを、さも自分が出資したかのように自慢げに話す人がいた。  単純に見た目の猛々しい重厚な雰囲気と、そういった噂話とが絡んだせいか、まるで航空業界のオペレーターのような、それを操作する者は格好いい、という妙な感覚が学生の中にあった。  その一方で私自身は、機械科ではなかったので、この畠の違う旋盤を操作した記憶がない。ただし、いくつかの電子機器の工作実習を行ったこともありから、その工程内で旋盤を操作したことは、ひょっとすると一度はあるのかも知れない。が、私の記憶としてはほとんど無いに等しい。 【中学生時代に自分で作ったハンマー】  ところが中学校時代では、真鍮製のハンマーを作るために手動で旋盤をいじったことがある。その時の実習作品が画像のハンマーである。  真鍮は、銅と亜鉛との合金で扱い易く、初歩的な旋盤の操作を学ぶには最適な素材。ある種、美術品と呼んでもいいような真鍮製のハンマーが今でも作られていたりする。それに引き替え、私が作ったハンマーは不格好で愚作であり、そういうものとは別物である。子供の玩具にもならない。何故これが今も残っているのか、不思議ではあるが。  ともあれ、私が高校時代に抱いていた機械科の学生に対するイメージは、旋盤や自動車をいじる修練的兼ね合いから、「何かちょっと威勢がある」「力強い」「態度が少しでかい」というイメージである(笑い話のたぐいになれば、溶接をしているから眉毛が焦げて薄い、という皮肉もあった)。  逆