漱石本の装幀

初版『漾虚集』の装幀(レプリカ)
 「装幀」(ソウテイ)という言葉を辞書で引いてみる。

《書物を綴じて、表紙・扉・カバー・外箱などをつけ、意匠を加えて本としての体裁を飾り整えること。また、その意匠。装本》
(『大辞林』[第三版]より引用)

 先日、『夏目漱石の美術世界展』を観に、東京藝術大学大学美術館を訪れた。漱石が直に見聞したり作品の中に登場する古今東西の美術作品、文学作品をビジュアル的に確認しようという面白い試みである。ちなみに、この会場の序章(「吾輩」が見た漱石と美術)と第7章(装幀と挿画)の場で、橋口五葉が手掛けた『吾輩ハ猫デアル』などの画稿や挿画を間近で観て味わうことができた。

 漱石に関連して、少しばかり調べてみると、『装丁道場―28人がデザインする『吾輩は猫である』』(グラフィック社編集部)などという面白い企画本があって、本の装幀について考えさせられるものがあった。
 本の装幀は、音楽アルバムのようにジャケットなどのビジュアルと音楽ソースとが、メディアとして一体となってイメージ化(記号化)される文化系統とは多少異なり、(昨今の傾向を除いては)基本的に、中身と装幀のビジュアルとが分離されていて、ひとまとめに扱われていない。
 単行本と文庫本では、同じ出版社でも装幀が異なることが多い。したがって、小説のタイトルを聞いて、その小説の装幀を想起する時、読者が選択した本の装幀をイメージすることになる。この時のイメージは、音楽アルバムほど画一化されない。しかも出版社と版によって悉く装幀が変わるから、初版本のそれを注視しない限り、本の装幀は読者の記憶に残りにくいのではないだろうか。

 私は、漱石本の初版本装幀の中で、特に『漾虚集』の装幀が好きである。漱石マニアとして、初版本のレプリカ・コレクションは欠かせない。『名著復刻 漱石文学館 解説』(日本近代文学館、ほるぷ出版)で記述されている『漾虚集』の「書誌」欄には、

《菊判、本文三〇二ページ、藍色の布装で天金、アンカット。定価は一円四十銭。扉絵、カット、挿絵は橋口五葉と中村不折》

 とある。まさに藍色の布装に篆書体のタイトルが浮き立って、しかもヒエログリフを思わせ、ミステリアスかつグラマラスだ。中身の7編の短編のイメージと程よく符合する。『漾虚集』の初版は明治39年5月17日で、大倉書店と服部書店から出版されたという。

東京藝大にて『美術世界展』
 現在の夏目漱石の文庫本装幀としては、新潮文庫が白眉だ、と私は常々思っていて、新潮文庫の『こころ』や『吾輩は猫である』はずっと継続して欲しい素晴らしい装画である。
 ただ個人的に強いて言えば、『倫敦塔・幻影の盾』の装画は、少し違和感を覚える。中身と符合しているとはどうも思えない。
 安野光雅氏の装画自体は美しいのだが、それが倫敦というより隅田川にかかる清洲橋のように見えてきてしまって、英国情趣と小説の中のおどろおどろしい部分が感じられない。構図が均衡的すぎるきらいがある。表題もまた楷書体ということで、なにか永井荷風の文庫本とさほど変わりない雰囲気になってしまっている。

 初めて読む小説本の場合は、表の装幀で原初のイメージが喚起される。このイメージがうまく膨らまなければ、それを読みたいと欲する気持ちになれず、ページを開くことはできない。
 橋口五葉が100年前の当時、丹念にその装画なり装幀なりを工夫して、漱石の小説のイメージを膨らませていった点において、その才能ははち切れんばかりのものであったろうことが窺える。夏目漱石という作家のステータスは、橋口五葉の果敢なアイデアとビジュアルの巡り合わせに依るところが大きいと、彼の装幀の画稿を眺めていて実感した。

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