秘密を覚える年頃

箱根で買った秘密箱
 ついこの前、Amazonで箱根名産の寄木細工を偶然閲覧していて、あるテクストに気づいた。〈21回仕掛けのひみつ箱ですが、さらに1回の隠し部屋があります〉。
 あれは確か私が小学生の時、箱根への修学旅行の土産に自ら買った寄木細工の入れ物が、同じような造りの、十数回ほどで開けることのできる「秘密箱」であった。今までまったく気づくことがなかったが、あの時買った秘密箱には果たして、さらに1回の隠し部屋などあったのだろうか。

 先月、長浜の旧家の箪笥から小判を発見したというニュースを聞いた。あれも木工芸の細工の施された箪笥であった。小判云々は別にして、なんとなく秘密箱には謎が潜んでいるような気がしたので、方々を探してみることにした。寄木細工の秘密箱はほとんど痛みもなく埃をかぶって引き出しの中にしまわれていた。

 ところで、母校の小学校のホームページを見ると、昨年の9月に6年生が、やはり修学旅行で箱根と鎌倉を回っている。私の頃とまったく同じだ。箱根の関所、芦ノ湖の遊覧船乗船、大涌谷観光、そして鎌倉は鶴岡八幡宮と高徳院の大仏観光。江ノ島に渡らないのも慣例のようである。

 そう言えば思い出した。…その藤沢の江ノ島の見える海岸で、我々6年生は昼食をとることになった。昼食は仕出し弁当だ。ところが、その日はえらく風が強く、海岸では砂嵐となった。一同顔を見合わせて、こんな砂嵐じゃ弁当は食えない、と不満顔であったが、先生達は何も言わなかった。一部の者がバスの中で食べようとしたところ、バスの中で食うなと理不尽に先生に叱られ、追い出された。海岸では、弁当の蓋を開けた瞬間に砂が混じってじゃりじゃりしそうだった。昼食は食えなかった。酷い思い出である。

 秘密箱を手に取ったのは、何年ぶりであろうか。箱を振ってみると、何かカタカタと音がする。何かが入っている。何を入れたのか、まったく覚えていない。開けてみることにした――。

 しかしそれにしても、箱根の寄木細工は美しい。日本を誇る木工芸である。昔、この寄木細工の作り方をテレビ番組で観たことがあったが、なかなかこまかい仕事なのだ。秘密箱に限らず、茶筒だとか普通の小物入れも蒔絵のようで均整の美がある。そもそもいつの時代から作られてきたのか、私はその歴史をよく知らない。我々の修学旅行の頃よりも、今ではもっと多種の寄木細工が土産店などで売られているに違いない。

6年生の時の修学旅行にて
 当時の修学旅行の、宿泊先で撮られた記念写真もアルバムの中にあった。みな青いジャージを着ているが、女子は写っていない。男子と女子とが別々に撮影された。女子の写真も焼き増ししてもらえばよかった。
 この青いジャージは当然ながら学校指定のものだが、微妙に上着のデザインが違うことに気づく。最後方の一番右に直立しているのが私で、ファスナーが白地、他の殆どの者が青である。何故だろう。上着の色合いも微妙に違っている。

*

 さて、秘密箱はだいたい10回ほど操作をして、蓋が動いた。私は中の物を見た。

 ああ、と思い出した。

 小学生時代とはなんの関係もなかった。が、それなりに“秘密”の物、であった。その秘密を知られたくないために、この秘密箱に隠していた。とは言え、今となってはさほど大した秘密ではない。秘密とはある種そういうものである。

 もう30年あまりの月日が流れている。箱根に行って、この土産物を持って帰った時、《秘密》という観念を覚えたのだろうか。いや、そんなことはない。もっと以前に、とっくに子供達は、それぞれ自分自身の《秘密》の何かを抱え込んできている。記念写真を見れば、みな大人びた顔をしているではないか。
 このクラスにもいろいろ、あった。涙が出てくる思いである。

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