『洋酒天国』きだみのる氏の酒

『洋酒天国』第21号
 うっかりすると、こういう洒脱なエッセイを見逃すことがある。
 小冊子『洋酒天国』(洋酒天国社)第21号の巻頭は、きだみのる氏の「私の酒」というエッセイだ。

 私はきだみのる氏についてよく知らなかった。人物の経歴を調べてみると、奄美大島出身の作家で、『ファーブル昆虫記』の翻訳本(岩波文庫)や『気違い部落周游紀行』(吾妻書房)といった本を書いている。フランス留学で人類学を学び、東京の恩方村に生活の場を移して、そこで村落の人達を活写したルポタージュ『気違い部落周游紀行』を書いた。私はこの本をまだ読んでいないから、帯にある興奮しきった文章においては、ある種プロレタリア文学の臭気が感じられた。

《日本の文学が持った初ての明るさ! 様式の清新さ! 慧智と、モラルとヒューマニズムとが、警抜な諷刺と軽快な諧謔と交響する異色の作風は遂に現代文学の最高水準を抜いた!》

 『気違い部落周游紀行』は、きだ氏の文化人類学の立場から鋭い批評精神と併せて、ユーモア溢れる文体であることを想像する。いずれ機会があれば読んでみたい本だ。

 「私の酒」の話に戻す。
 酒にまつわる話である。きだ氏によれば、村落で酒を勧めても、「勿体ねえや、焼酎を貰うべえ」と言い、ウイスキーを勧めると、「腰が抜けちまわあ」と尻込みをするのだという。村落の人達は少し強い酒を呑むと、たちまち腰が抜ける、腰が立たなくなる、らしい。「私の酒」ではこの“腰が抜ける”ということがキーワードになっている。きだ氏は、自分は酒で腰が抜けたことはないと繰り返して強調する。

 村落での焼酎の肴といえば、塩や味噌の塩分を舌に載せるだけで、貧しい。村の呑み助連中は、男同士では会話が楽しくないから、町に繰り出して女の酌で飲みたがる、という。

きだみのる著「私の酒」
 日本人は酒に弱い。酒に対する抵抗力がない――。きだ氏はその理由を、日本人の栄養不良、脂肪と蛋白が食事に欠乏しているからではないかと推測する。パリでの生活を経て村へやってきたきだ氏の、旺盛な食卓と酒呑み経験から比較すれば、村落での、文化的にも貧しい酒に対する嗜好の偏見などは、度肝を抜かれたに違いない。

《降り止まない雨や雪の日の、或は仕事に疲れた日の暮れ方に、独りで火じろに座ってもやを折りながら自在に釣った釜や鍋の下にくべていき、ふと折るもやの音に山の静寂と孤独を感じさせられる。フランス語でいうキャファール、物惓い憂愁の時間だ。そんなとき私は酒盃と友だちを思い出す》
(『洋酒天国』第21号きだみのる著「私の酒」より引用)

 “キャファール”という語には少々引っ掛かるが、彼の村落でのルポタージュは戦後間もない昭和23年に刊行された。日本人の酒に対する文化は、ある意味において、戦後からようやく始まったのだということを感じないわけにはいかない。

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