グールドと888フーガ

 日々、これ失敗とその上書きの連続なり――。

 ブログ上に書かれていたことが、間違いであったことに気づき、長い間ほったらかしにしていたその訂正作業を、先ほど済ませた。この一件に関しては恥ずかしながら、感慨深いものがある。

 それは、当ブログ「フーガと鳥の歌の話」で触れている、フーガ(Fugue)のこと。小学生の頃によく聴いていた、8ビットパソコンPC-6001の演奏プログラム、バッハのフーガが、イ短調ではなくイ長調であったこと。イ短調と書かれてあった箇所を、イ長調と訂正したのだ。

 このことについて詳しく書いておきたい。

 ――PC-6001を所有していた1980年代前半の当時、パソコン関連の雑誌を頻繁に買って読んでいたので、面白そうなゲームなどのプログラムを見つけると、自分でそれを打ち込んでプレイしていた。あの頃の8ビットパソコンは、カセットテープやフロッピーディスクで売られているソフトウェアを買うか、自分でプログラミングするかしかなかった。
  たまたま、雑誌に掲載されていたバッハのフーガ演奏プラグラムに興味を持ち、それを打ち込んでみた。初めて聴くその曲に驚いた。PC-6001の電子音がバッハの奇抜な旋律にぴたりと合っていた。その頃バッハと言えば、「トッカータとフーガ・ニ短調」しか知らなかったのだが、打ち込んだフーガはもっとリズミカルで技巧的で、いかにもコンピューター・ミュージックらしい編曲になっていた。尤も編曲というより、PC-6001のAY-3-8910チップの限界を試したようなつくりであった。

 その時のフーガのプログラムは、二度と打ち込まずに済むよう、カセットテープにセーブしておいた(当時の8ビットパソコンは、電源をOFFにするとプログラムも消えてしまう)。
 これははっきりとしていることだが、そのプログラム・テープは、10年後以降の90年代半ばまでしっかり保管されていた。そして一度、パソコンにロードされており、演奏のアウトプットをモノーラルでDAT(デジタル・オーディオ・テープ)に録音している(1997年6月)。そこには「バッハ/フーガイ短調」と記してあった。

 このタイトルは、プログラム・テープに記載したタイトル(それをセーブした1980年前半に記載)を丸写ししたはずなのだが、イ長調をイ短調と間違えて書いたかどうかについては不明。あるいはプログラム・テープの時点から間違えてタイトルを記載したか、さらに考えづらいことなのだが、雑誌にあったタイトルそのものが間違えていたか、プログラミングした作者が間違えていた、ことも考えられる。
 いずれにしても、私はこの間違いにまったく気づくことがなかった。DATに記載されたタイトルの付記に、“BWV888”と記されている意味についても無頓着なまま――。

*

グールドの『平均律クラヴィーア曲集全曲』
 私が2010年にグレン・グールドのピアノを聴くようになって以来、彼が演奏するヨハン・セバスチャン・バッハの『平均律クラヴィーア曲集全曲』は、音響のモニタリング・テストをするうえで最も活用的なリファレンスCDとなっている。
 これは、1962年から71年にかけて、ニューヨークとトロントのスタジオで断続的に録られた貴重な、かつ模範的な録音であり、リヒテルの平均律クラヴィーアが壮麗で鑑賞的なのに比べ、グールドのは、重心が低い感じで重たく、暗さと煌びやかさが同居した、まさにオーディオのチェックには相応しいサウンドなのである。

 そもそも私は、フーガより前奏曲の方を好んで聴き、しかもグールドの第2巻は縁遠かった。なんと言っても平均律クラヴィーア曲集はディスクがかさばるので、ディスク1のみをかけることが少なくない。ちなみにグールド盤はディスク3枚、リヒテル盤は4枚になっていたりする。

 ――きっかけは一瞬にして単純であった。
 しばらく忘れていたあの、PC-6001の“フーガイ短調”を思い出してみて、いったいあれのどこが短調なのか、ということに気づいたのだ。
 保管されていたDATを探し出し、その付記の“BWV888”を見て、事は明解になった。あまりにも愚かであった。
 イ長調である。“Preludes and Fugues No.19 in A Major,BWV 888”。

 グールドのピアノを聴くと、楽器としてのピアノの偉大さ、機能的(便宜的)な平均律の偉大さがよく伝わってくる。その強弱の付け方、長短の付け方が独特なので、毛嫌いする人もいるのだろう。
 しかし、もともとのハープシコードやオルガンの音色の感受は、空間の反射と残響、倍音の付加によるものであって、そうした物理的音響性を除去し、ピアノ単独の、極力残響や歪みのない源音(を奏法で表現していくこと)に対して研究心を費やしたグールドの姿勢は、音楽そのものの再構築と発見を聴く者に促してくれるに違いない。

 私はいま勝手に思い込んでいる。あの雑誌にあった演奏プログラム、「フーガ・イ長調」は、1982年に亡くなったグールドを偲んでの、プログラム投稿ではなかったか。

 プログラミングの作者は分からない。しかし、なんとなく、グールドの平均律クラヴィーア=888フーガを参考にしたと思えてならないのだ。

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