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9月, 2014の投稿を表示しています

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90年代のフェティシズム―スピリチュアル・ヴァイブスとトリス

今宵は、酒と音楽と恋の話で妄想したい――。こんなテーマが、野暮で冗長でありふれた戯言すぎることを私はよく知っている。それでも尚、このテーマから背くことができないような気がする。好きな音楽、好きな酒、そして熱い恋の話。どう転び回って語り尽くしたとしても、それは陳腐極まれり――なのだけれど、もはや逃れることが不可能なようだ。酒場の片隅で友人にとうとうと語るというより、むしろ、踊り子達が退けた深夜の裏通りか何かで、ぽつりぽつりと雨が降り出した挙げ句、にわかに思い出して呟き始める過去の記憶のようなもの。網膜に映った一瞬一瞬の、そんな蒼茫たる調子の無益な話だと思って、潰せる時間があるのなら是非読んでいただきたいと願う。
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 酒と音楽と恋に関して、まったくの個人史的な眺望から、“90年代”の10年間を振り返ってみたのだった。すると、前半の5年間は演劇活動にどっぷりと浸かり、後の5年間は、音楽活動で喘ぎ苦しんだ、という2本立てとなる。そのうちの後半のいずれかの頃、酒の本当の旨味というものをようやく知り始めた――ということになるのだろうか。ここで敢えて述べておくけれども、クリエイターにとって酒と音楽と恋とは、常にそれぞれが雑多に連動し、切り離せないものであるということを、確信を持って私は言いたいのである。  閑話休題。どちらかというと、後半の5年間の方が、心理的にも泥沼であったなということを思い返す。しかしながら、これら10年間をいくら振り返ってみても、客観的な「幸」と「不幸」を判断することはできないのだ。また、そんなレッテルを貼ってみたところで、ものの数秒で価値観はたちまち変わり、やはりすべて「不幸」であったと投げ遣りに思いかねないのだけれど、見方を変えれば、すべて「幸」であったとも思えるのである。決して不幸せな時間が長くは続いてはいなかった、と信じられる10年間であった、とも言える。だから、その手のレッテル貼りの判断は、よした方がいい。
 私が90年代に出会った音楽などは、すべからく自身の創作活動の肥やしとなっていたことは確かだ。ところで、ぴょこりと90年代半ばに現れた、一組のユニット、竹村延和(Nobukazu Takemura)氏とヴォーカリストの野中紀公子さんの「スピリチュアル・ヴァイブス」(Spiritual Vibes)に対しては、ある種の偏見とジェラシーと怨…

『Mother』のこと

拙い私の、「東京マタニティ」という歌の構想、及びその作詞・作曲のために、私はいくつかの書籍を読むしか創作の手段がなかった。  男を失い、わたし独りで子供を産みたい――と願うその女の心情を、魂のこもった一つの(一点の)歌にするにあたって、膨大な情報をやたら掻き集めたり、実際に子供を持つ知人の若い女性にあれこれ聞いたりするのは、なんとなく気が引けたからである。

 写真家・宮崎雅子さんの『Mother』(医学書院)という写真集がたいへん参考になった。  とどのつまり、出産で苦悶の表情を浮かべる女性、それを体で受け止める他はない無色透明と化した表情の夫、そして生まれ出たあとの赤ちゃんを抱きかかえる瞬間の、すべてを解き放ったかのような、なんとも言えない幸福な表情を浮かべる女性、この3つの写真の《表情》ですべてが決まった。女は不幸を幸福に変える。想像を絶するその母なる力。生きる力。喜びと悲しみを背負う力。女。Mother――。創作は直感によるしかない。
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 この写真集『Mother』のテクストを通じて、私は初めて助産師、助産院のありようについて知った。お産を介助する開業助産師という仕事。途上国などの海外からも、日本の開業助産師の仕事が注目されているという。近年、日本でもお産の医療現場が過酷であると報じられることがある。医師不足、施設不足等々の社会問題。
 ごく最近でも、封建的な“男社会”の論理から離れられない男どもの、女性そのものや出産に対する身勝手な論理や差別、勘違い発言などがメディアで話題になったりして、日本の男女平等の実際が、とりわけ欧米諸国と比較して理解に乏しい=デタラメなことを窺わせる。戦後の、女性の社会進出拡大の進歩に反比例して日本の歴史を遡れば、「お産」は特に“男社会”から忌諱、いや排除されたものだった。
 宮崎雅子さんの撮った写真を眺めていて、ふと気づいた。  産婦が生まれ出た我が子を抱きかかえる。すると赤ん坊は自然なかたちで、母親の張り詰めた2つの乳房に接触する。そしてその2つの乳房から、《愛》という電気信号が伝わる。子も母親に《愛》という電気信号を即座に伝えることができる。とても不思議な儀式に思える。
 宮崎さんはテクストの終末で、《助産とはお産を助けるのみならず、母性を開花させるためのケアでもある》と書いた。それが開業助産師の、最も魅力的な大きな仕…

レコード絵本―うさぎのつの

しばし雲に隠れていたのがすっきり見えて、幻想的な“中秋の名月”を愛でることができた。少しひんやりとした風もまた心地良い秋の夜。  まだ小学生に上がる前の話。家の書棚に『レコード絵本 こどものくに』という童話のおはなしレコードが10枚ほど入っているレコード集の函があった。  それを毎日のようにプレイヤーに掛けて聴くのが好きであった。「ありときりぎりす」「いっすんぼうし」「ピノキオ」「すいれん」「おかしなきっちょむさん」「たつのこたろう」などなど。お話を吹き込んだ俳優陣は錚錚たる人達で、岸田今日子さん、熊倉一雄さん、市原悦子さんら。
 そう、“中秋の名月”で思い出したのである。そのうちの一つ、「うさぎのつの」のはなしを。
 幸運というべきか奇妙というべきか、その当時のレコードがまだ現存している。今となってはとても貴重なレコード集なので、もはや処分する気など毛頭ない。  しかし考えてみれば、それは“レコード”+“絵本”なのだが、幼児であった頃から、絵本が失われていて私は絵本の方を見たことがない。それぞれ一体どんな絵本だったのだろうか。ともかく、その当時は純粋にレコードだけを聴いて楽しんでいたのだ。
 もうすっかり古びてしまった函の中から、「うさぎのつの」のレコードを取り出して、プレーヤーに掛けて聴いてみた。
《レコード絵本 こどものくに/うさぎのつの(フランス民話より) ■おはなしとうた 黒柳徹子 ■構成 藤田圭雄 ■音楽 小林秀雄 ■コーラス ヴォーカル・ショップ》
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 音楽とと共に、黒柳徹子さんの透き通った若々しい声と歌が聴こえてきた。さながら童話ミュージカルである。これまた錚錚たるヴォーカル・ショップの男声重唱も明るく名調子だ。
 レコード盤の傷がひどく、特にB面は音飛びがひどかった。が、およそ40分弱であろうか。聴けば、そのおはなしも歌も、じわじわと思い出してきて、身体の中にすうっと音が入り込んでいくかのような軽やかな気分を味わえた。
 「うさぎのつの」のおはなしを要約すると、こんなぐあいである。
 ――森の中に、動物たちが棲んでいる。王様はライオンである。朝、動物たちが広場に集まった。音楽主任のおさるのモンキーと放送局長のゾウが一仕事をして、ラジオ体操を済ませる。動物たちがライオン王様に朝の挨拶をする。 「ライオン王様、おはようございます!」
 午前中、ライオン王…

漱石本―津田青楓装幀の画

今年の7月末、新潮文庫版の漱石『こころ』が、累計発行部数700万部を突破した、という。同書の1952年刊行以来、186刷701万500部を超え、新潮文庫としては歴代1位の発行部数となったらしい。  朝日新聞朝刊に『こころ』が掲載された直後、私はそれを読み始めようかと思ったが、やめた。好きな本は自分のペースで読み進めたいし、そのペースも一定ではなく、私の場合著しく淀む。ましてや手元に新潮文庫版の『こころ』があれば、新聞を読み進める必要はない。しかしながら、100年ぶりの復刻連載、その“漱石祭り”的な雰囲気としては、十分に汲み取っているつもりである。
 私が学生時代に買った漱石新潮文庫版は、津田青楓装幀画のカバーであった(当ブログ「漱石と読書感想文」参照)。布目に花文様の装飾画となっており、背景の朱色と花文様の茶褐色の刷りずれ、というか滲み具合というか、いわゆるアールヌーヴォー調の風情に軽やかさがあって個人的には印象が強かった。
 私は子供の頃から画を描くことが苦手で、画を描いてもほとんど褒められたことがない。特に苦手だったのが、版画で、小学校の図工で時折実習させられた木版画の授業は、頗るいやで退屈であった。薄っぺらいベニヤ板(?)に彫刻刀を当て、ギコギコと削る音がたまらなく、鳥肌が立ったものである。
 ところが他人の描いた版画などを見ると、感心したり美しいと思ってしまう。  あの津田青楓の装幀画カバーもそうである。色合いが華やいでいながら、日本人らしい慎ましさと奥ゆかしさが感じられる。――なんとなくあちらこちらを探してみたところ、あの装幀画カバーのオリジナルの、本を入手することができた。漱石作品を寄せ集めた、『色鳥』(新潮社・大正6年第六版)だ。
《『色鳥』一巻は、夏目漱石先生の全作中から、その最も代表的なものを選び、是を歴史的に編纂したものである。本書を一讀すれば、先生が作風の眞膸に味到することが出来るであらう》 (『色鳥』編者記より引用)
 それなりに格調は高いが、さすがに古くて本自体が痛々しく、青楓の装幀も色褪せてしまっている(これはこれで味わいがあるが)。中を開けて巻頭の「倫敦消息」などには大きなシミの痕が残っている。裁断はいい加減で、上部はきちんと揃っているが、下部は紙の切れ目がまったく揃っていない。本文はむしろ大きな字で読みやすく、書体もなかなか美しい…