『洋酒天国』とショート・ショート

『洋酒天国』第39号
 小雨のぱらつく夜更け、酒を呑みながら小冊子『洋酒天国』(洋酒天国社)を読み耽る。今宵は、昭和34年9月発行の第39号を手に取った。

 昭和34年にヒットした歌謡曲と言えば、ペギー葉山さんの「南国土佐を後にして」。私が生まれる13年前のことなので、リアルタイムでこの曲を聴いてはいないが、幼少の頃観ていた子供向け番組「ひらけ!ポンキッキ」にたびたび出演していたペギー葉山さんの美貌は、その頃から不思議と目に焼き付いていた(ちなみに円谷プロのウルトラマンシリーズでは“ウルトラの母”を演じていたペギー葉山さん)。ともかく、この「南国土佐を後にして」を歌った偉大なる歌手であることを知ったのは、もっと後である。以上、蛇足。

 蛇足をもう一つ重ねる。

 『洋酒天国』の「洋酒天国三行案内」の欄。これについては当ブログの「『洋酒天国』と三行案内」で書いた。それにしても、一般の方々がこの三行案内に応募している記事原稿が、実に良くまとまっており、感心してしまう。

《求ダブルベッド市価より格安及8ミリ及トランジスタラジオ成可新式乞電話(46)XXXX遠藤○子》
《求共同経営者当方現在バー営業中委細乞ご一報東京都新宿区角筈一のXXX江戸っ子田村○×》

 などなど。

 限られた字数にこれだけびっしり言葉を詰め込んで情報を伝える個人の才知は、筆致を超えた芸術であり、今日においては新聞紙面の三行広告的な投稿でさえ、その秀でた文芸力は退化してしまっていて、こうはいかない。バーの共同経営者を求む、の中に、求むる大きさのエネルギーと度合いがひしひしと感じられ、非常に《言葉》の持つ本質の新鮮なる発見があった。以上、蛇足。

*

 さて、ショート・ショートのことである。都筑道夫氏のショート・ショートである。

 第39号に掲載された都筑道夫著「エミリという名の鼠」は極短編でありながら一級の名作だ。
 この号の表紙をめくると、いきなりピーター・ランダ氏のラフなクレヨン調の渋い画があって、以下のような文章があらかじめ“予告”されている。

《彼にはサディズムの傾向があるに違いない。鼠を殺すのを、一日のばしにしているのは、ひとたび殺してしまったら最後、殺害のスリルの期待が、もう完全に味わえなくなるからなのだ。いまは話をすることによって、倒錯した刺激を味わっているんだろう。
 ふつうだったら、ぼくはこんなところで満足したはずだ――だが……》
(『洋酒天国』第39号・都筑道夫著「エミリという名の鼠」より引用)

 以前にも当ブログ「『洋酒天国』と異邦人」で都筑氏のショートショートを紹介した。「エミリという名の鼠」はチャールズ・グリーンの原作(原題「A MOUSE CALLED EMILY」)となっているが、調べてみてもこのチャールズ・グリーン氏がどんな人物なのか、よく分からなかった。先に触れたイラストレーターのピーター・ランダ氏についても同じ。さっぱりプロフィールの詳細がネット上でも見つからない。

都筑道夫著「エミリという名の鼠」
 ともあれ、このショート・ショートの構成作術は、先ほどの三行案内のテクニックによく似て、巧妙かつ洗練された作術である。私はこの「エミリという名の鼠」を読んでいるうちに、スタンリー・キューブリックの映画『アイズ・ワイド・シャット』を思い出さずにはいられなかった。

 ――酒場で厄介な鼠の話をしまくる見ず知らずのエドウィン・ホフマンという小男に呆れながらも、ファラルという聞き役の男は、すっかり酒に酔った挙げ句、ホフマンに対しての興味が次第にエスカレートしていく。ファラルの冒険癖は結局、酒場で別れたホフマンの住所を突き止め、なんの目的もなく彼の家のベルを鳴らしてしまうわけだ。言わばこれは、自分で結論付けたサディズムの倒錯傾向のある男にわざわざ会いに行ったことになる。
 たった一匹の小鼠を捕まえて、どうして浴槽なんかに水を張って溺れさせようとしているのか。それはバケツだっていいじゃないか、という追窮にも値しないちっぽけな疑問――。

 ベルを鳴らして出てきた白い顔の女が、中にいたホフマンの声でエミリだと知る。私はこの結末を読んで、もう一杯ウイスキーを飲み干したくなった。

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