みちのくの仏像

東京国立博物館・本館「みちのくの仏像展」
 昨日、東京国立博物館にて特別展『みちのくの仏像』を観覧した。平成館ではなく、本館特別5室でのこぢんまりとした特別展である。

 ところで本館では、別の特別展も催されていた。テーマは『3・11大津波と文化財の再生』。
 東日本大震災の津波で被害に遭った“被災文化財”の、修理・修復が施された数十件が展示されてあった。博物学や文化人類学・民俗学における新たな教訓とも言えるのだが、本館の玄関前には、この特別展のテーマに因み、岩手県立高田高校海洋システム科の実習船が展示されていた。津波による被害で2年間太平洋を漂流し、アメリカのカリフォルニア州の海岸で発見されたという。外洋の広大さを想像すると共に、津波の底知れぬ力を思い知らされる。

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 「みちのくの仏像」。
 最近、高村光太郎の詩集を読んだりしていて、その関連で彼が制作した彫刻を写真で眺めたりした。東博にも彼の「魴鮄」(ほうぼう)が展示してあり、生々しい生き物が硬い木材となって形作られているのを見ると、逆に制作時の彫刻者の生々しい腕の動きや技を連想してしまったりする。ともかく、みちのくの仏像は木彫りというイメージがある。

 特別展『みちのくの仏像』の広告で目立っていた、あの黒々しく強面の趣がある岩手・黒石寺の薬師如来坐像(平安時代)は、実物を見てみるととても柔らかい表情に思え、写真による効果と実物との違いをまざまざと感じた。そう言えば、ここで展示された仏像はすべてどこかしら柔らかい印象だ。

 薬師如来坐像は黒石寺以外にも、宮城の双林寺のものと福島の勝常寺のものなどがあり、無論それぞれ趣が違うのだが、やはりどれも優しさに満ちている気がする。薬師如来だから左手に薬壺(やくこ)を必ず持っていると思いきや、双林寺の薬師如来坐像にはそれがなかった。そのあたりの理由は素人なのでよく分からない。
 表情が堅いという意味で言えば、山形・本山慈恩寺の十二神将立像がそうなのだけれども、その表情が怖い故に戯画的で何か微笑ましくなってくる。しかし、それにしてもその造りは複雑巧妙で見事である。

津波の被害で漂流した実習船「かもめ」
 欅の木一つから掘られたという平安時代の仏像、伝吉祥天立像(岩手・成島毘沙門堂)は、その表情の柔らかさに心が奪われた。この像を前に、人々は何を祈るか、何を思うか。
 この特別展で私が最も長く立ち止まったのが、その伝吉祥天立像だ。子供の頃は、こうした仏像に出くわすと、ただただ怖いというだけの印象であったが、さすがに大人になると、そういう印象ではなくなる。

 ――仏様は人々やその世を上から見下ろしているというよりも、同じ地べたに佇んでいるのであり、仏様の方からは何もしない。動かない。子供にとってはおよそ怖い造形物にしか見えないかも知れない。
 ただし、ずっとそこに在り続けている。この意味は非常に価値がある。その子供らが大人になって、親しい人の無事や日常の平穏を願う時、ふとそこに在り続けている仏様に気がつく。
 その瞬間に、もう祈りは済んでいるのである――と、私は思う。仏は人の心の中に在り、心の乱れや穢れを一新するのではないだろうか。それが仏であろうが神であろうか、大差はない。

 最後に、くだらない話でお茶を濁す。個人的な彫刻の話である。

 子供の頃、学習机の引き出しにしまってあった「彫刻刀」の一式セットが、大の苦手であった。
 図工の授業での彫刻(ベニヤ版画の制作)をやっても下手くそでうまくいかず、すぐに投げ出したくなる。どんな際にどの彫刻刀を使っていいのか、さっぱり分からなかった。何より、彫刻刀が木材の表面を擦るあのギスギスとした音が嫌でたまらなかったのだ。
 ある年の夏休みに父が大きな丸太を用意して、工具のノミでトーテムポールを造れと言われたのだが、3日もしないうちに挫折してしまった。絵柄も決めずに彫りだしたので余計何をしていいのか分からず、完全に匙を投げた。彫刻は私にとって不得意の作為なのである。彫刻は見るに限る。

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