ジューク・ボックスとバカラック

70年代のアイドル・グループ“ジューク・ボックス”のLP
 1960年代後半から70年代にかけて、ジャニーズ事務所のアイドル・グループ“ジューク・ボックス”が存在していたことを、私は知らなかった。

 彼らはジャニーズの人気アイドル・グループ、フォーリーブスのバック・ダンサーだったらしいが、いま私の手元にあるレコード・アルバム『はじめまして ジューク・ボックスです』(キャニオン・レコード)が彼らのファースト・アルバムであり、4人組の可愛らしい少年達のフォト・スケッチが、多少時代を感じさせつつもほとばしる若者らしさを印象づけている。

 何故私がここで、このアルバムを取り上げているのか。

 実はこのアルバムの収録曲に、バート・バカラックとビートルズのナンバーがあったからである。たまたまネット検索をしていてこのアルバムの情報にぶち当たった。そして次第に、バカラックとビートルズを歌う日本のアイドルはかつてどんなだったのだろう、という素朴な好奇心が芽生えた。これは聴いてみなければ分からない、ということでごく最近になってこのアルバムを入手したのだった。

 アイドル・グループ“ジュークボックス”について、情報を掻き集めるのにひどく苦労した。
 1969年にグループ結成。73年に解散するまでの間、メンバーが入れ替わり立ち替わり変化している。アルバム『はじめまして ジューク・ボックスです』でのメンバーはどうやら、円谷弘之こと愛称・ヒロ、小谷純こと愛称ピピ、吉本暁弘こと愛称アッキ、やなせかおること愛称カオルの4人。
 アルバムのクレジットには彼らの愛称しか明記しておらず、フォトの中のどの子がどの愛称なのかはっきりしない。歌っている収録曲のメイン・ヴォーカルがそれぞれ誰なのかさえ不明。当時のファンなら周知なのだろうが、私自身はいまだ明確な詮索をしきれていない。

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“ジューク・ボックス”LPのフォト・スケッチ
 ある動画サイトでは、近年における円谷弘之さん(本名・本田貴之さん)の音楽的活動ぶりを見ることができた。グループを脱退して数年後、女優・坂口良子さんとのデュエット曲「青い山脈」を歌ったこともあるという。
 ジューク・ボックスでの活躍の頃、そして近況の円谷さんの姿に至るには、40年以上の隔たりがある。何度も言うように、私はこの間、ジュークボックスをまったく知らなかった。他のメンバーのその後については、雲を掴むような話である。

 アルバムの中に、バカラックの「I'LL NEVER FALL IN LOVE AGAIN」がある。もちろんジュークボックスのカヴァーである。この曲にコーラスはないので、リード・ヴォーカルのみである。このリード・ヴォーカルが誰なのか、おそらく私は円谷さんだと思っているのだが、不明確で残念である。
 もしこれが20歳前後の円谷さんの声だったとしたら、私は驚嘆を隠せない。その美声は若い頃のディオンヌ・ワーウィックにそっくりなのだ。歌がうまい。ジャニーズ事務所には失礼だが、この「I'LL NEVER FALL IN LOVE AGAIN」をシングルにした方がよほど話題になったのではないかと思うくらいで、アイドルとしての素質は逸材だったはずだ。

“ジューク・ボックス”の4人のアイドル達
 各収録曲の合間に、彼らのトークが挿入されている。そのトークの中心的役割を果たしていたのも円谷さんだったのではないか。
 初々しいアイドル少年達の声。メンバー4人の腕白ざかりな活気と明朗さと少し大人びた一面が仄かに浮き立っていた。ずっと僕達、一緒にいたいね、というしんみりしたトークでは、アイドルという仕事の上の社交辞令ではない、生の少年達の本音が吐露されていたように思う。グループのメンバーとしては入れ替わり立ち替わりしたが、私生活では彼らの繋がりはどうだったのだろうか。

 こうして私は、ジューク・ボックスという70年代アイドル・グループのささやかな輝きと衰退を知った気がした。それはジャニーズ・スターらの長い歴史の、輪廻転生のわずかな一幕でもあった。
 だがしかし、そこにバカラックの曲があった。それがどれほど人間味溢れる歌声であったか。この若い少年達のアルバムに、聴く者に勇気と希望を与える何かがあったことを、私ははっきりと承認した――。

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