『洋酒天国』と珈琲三昧

『洋酒天国』第30号
 『洋酒天国』(洋酒天国社)第30号は昭和33年10月発行。コーヒー大特集号。
 壽屋洋酒のPR誌で何故コーヒー特集なのか、と以前より疑問を呈していたのだけれど、疑問は一向に晴れず。特にこの頃コーヒー・ブームがあったとは知らない(この頃ジャズ・レコードのブームで純喫茶が繁盛した云々による影響か?)。要は酒もコーヒーも同じ嗜好品、という括り以外、特集の理由はまったく思いつかなかった。

 COFFEE GUIDE。コーヒー大特集。
 今号は、画家の中村研一著「私とコーヒー」におけるその嗜好の真髄で始まる。また高橋邦太郎著「珈琲と芸術家」を読めば、もう皆々コーヒー大好きと、古今東西の著名な作家や音楽家の名前がずらり並んでコーヒー礼賛、コーヒーへの無償の愛といった感じに浸れる。
 無論、その手の専門的知識が豊富に詰め込んである。コーヒーの買い方飲み方、コーヒーのカクテル紹介、産地別コーヒー豆の特徴や輸入量統計、コーヒーの文化史、さらには産地南米のルポタージュの高村暢児著「コーヒー王国を往く」など。いやいや、第30号はちょっと異常なくらいに読み応えありの、コーヒー大特集なのだ。

あなたのコーヒーは何度ぐらいでしょうか?
「あなたのコーヒーは何度ぐらいでしょうか?」
 コーヒーの温度は何度が適当か、というナショジオ的テーマのユニークなページ。掲載画像の、コーヒーを飲んでいる禿げ頭の男性が、どうやらそのオランダ人のレストラン経営者のようで、彼は何度が適当かを調べるために、ある調査をしたらしい。画像にある、コーヒーに細い温度センサー管が伸び、黒くいかめしい機械に繋がっているのが、彼の発明した“コーヒー検温器”。もちろんアナログ。

 砂糖を入れる前の温度は摂氏74度でなくてはならず。砂糖を入れて73度、クリームを入れると60度から70度。2、3分経つと56度になるのだとか。この時の温度が最適らしい…。
 骨太で肉厚のある彼の左手からするり伸びた温度センサー管がコーヒーの中に浸かっている。接触した左手の温度で検温の誤差が生じないのかと、ちょっと気になるのと言えば気になるのだが、見なかったことにしてご愛嬌。

モデルは丘るり子さん
 ここでもコーヒー色あり。
 恒例「ヨーテンスコープ」はまたまた弩級のパーフェクトなフルヌード。モデルは日劇ミュージックホールの丘るり子さん。顔が見えないのが残念。
 彼女について個人的に調べてみると、あまり詳しいことは分からなかったが、昭和30年代に日劇ミュージックホールの歌謡ソノシート(『夜の溜息』)なるものが発売されていて、そこに丘るり子さんのビジュアルもあるらしい。これは日劇ミュージックホール・トリビアとしては出来過ぎたプレミア・ソノシートと思えるのだが、やはり個人的には入手したい持っておきたいレコードなので、いつの日か紹介することにする。

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 写真家・田沼武能氏の「飲んで件の如し」。第30号は新派の女形俳優、喜多村緑郎さん。コーヒーを日に15杯から20杯飲むと書いてある。こういう人物がぽんと突然、“ヨーテン”に登場するから不思議。編集部の知識人的裾野の広さを窺わせる。

新派の喜多村緑郎さんもコーヒー好き
 個人的に新派に対する認識は極めて薄いのだけれど、二代目水谷八重子さんや波乃久里子さんの舞台は若い頃よくメディアを通じて鑑賞したりした。
 ――あれはもういつの舞台だったか、幸田露伴の『五重塔』で主役を演じた役者さんが思い出せないでいる。とてもいい舞台であった。
 十八代目中村勘三郎さんだったかどうか。その脇役が水谷八重子さんだったか波乃久里子さんだったかさえ判然とせず、もはやこれは私の大きな記憶違いの禍、幻想の沙汰であるかと思われ、確かに『五重塔』は観たのだけれど、全容を思い出すのを諦めている。
 ともかく、今の歌舞伎の、良くも悪くも古典とは毛色の違う支流へも発展を遂げた功労者の一人が、喜多村緑郎さんだと私は勝手に考える。それもすなわち、《珈琲三昧》の仕業だったのだ。文化芸術はコーヒーがつくり出す――。肝に銘じておこう。

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