伊勢佐木町と『はま太郎』のこと

【星羊社の雑誌『はま太郎』第10号】
 前回のブログ「演劇『金閣寺』追想」で書いた、横浜・伊勢佐木町のイセビルの地下にあるクリエイティブスペースTHE CAVE。その地下の小スペースで、ぼんやりと見ることのできたエジプト風の壁画。昭和初期に建てられたというイセビルとその頃の食堂のものと思われる壁画については、個人的にとても興味があった。そうして調べた結果、このイセビルに編集部のある、星羊社発行の“ヨコハマを転がる民衆文化誌”『はま太郎』を入手したので、この本を精読して詳しい知識を得てみたいと思った。

 イセビルと壁画についての記事が書かれているのは、2015年6月発行の『はま太郎』第10号である。これがまた不思議な縁というか面白いことに、雑誌そのものが、実にあの壽屋(現サントリー)のPR誌『洋酒天国』とよく似ているのだ。
 『洋酒天国』は昭和30年代に不定期で発行され、各地のトリスバーなどに据え置かれた開高健編集の小冊子で、私のコレクター・アイテムでもあり、たびたび当ブログでも紹介している(カテゴリーラベルの“洋酒天国”をクリック)。『はま太郎』と『洋酒天国』を外見で比較してみると、本の大きさはほぼ同じB6判。ヨーテンのほうがやや小ぶりで、『はま太郎』のほうは紙質の違いで若干厚めに感じられる。が、しかし本当によく似ている。

 『はま太郎』の印刷の匂い――。この独特の匂いも、別の意味で懐かしい。
 昔、小学校で配られたテストや印刷物は、すべて藁半紙だった。手書きも手書き、謄写版刷りからコピー機へと推移する過渡期の頃だ。そういう藁半紙で印刷されたインクの匂いが、『はま太郎』の紙から漂ってくる。
 ちなみに、『はま太郎』第10号はミシン縫い製本の一色刷なのだけれど、11号以降はどうやらカラー印刷になったようだ。中区界隈の酒場だとか老舗パン屋(コテイベーカリーの「シベリア」がたまらなく美味しそう!)などのショップ・ルポ、ノンフィクション、ちょっとした味のあるコラムなどを読んでみると、やはり第10号は、とびっきり“ヨーテン”っぽいのである。

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【「ヨコハマ・理想郷譚」】
 さて、イセビルと壁画のこと。「ヨコハマ・理想郷譚 十之章 伊勢佐木町入口の不夜城 ~イセビル地下の壁絵が語る、ザキのモダン文化~」の記事。伊勢佐木町の沿革とイセビルの大まかな歴史については前回のブログを参照していただきたいが、当時横浜の市会議員をしていた地元出身の上保慶三郎という人の尽力によって1926年、イセビルは完成したという。明治の頃、20歳で洋品店を開業した上保氏は、33歳で市会議員に初当選。ビルの完成時は41歳とのこと。ビルの地下は和洋食堂で最上階は展望台レストラン。その後屋上はビヤホールとなり、活況の酒場と化したようである。飲食店の他は雀荘、美容院、洋傘やネクタイの店などが次々入居したという。

【イセビルに残されていた壁画】
 2014年のビルの原状回復工事で、例のエジプト風の壁画が現れた。私が先週、公演の際に観たのは確か、ファラオが鎮座した画だったと記憶するが、どうやら裸婦の壁画もあったらしく、現場の壁には4つの確認できる画があるようなのだ。横浜の大空襲にも耐えたビルの構造は、当時としては堅固なもので、基礎はしっかりとしたものになるよう上保氏の強い希望があったという。
 こうしたイセビルの当時の繁栄ぶりを想像すると、ここが伊勢佐木町繁華街の重要な文化センターであったことは容易に理解できる。何より、そのビルが今も残存していることに驚きを隠せない。「イセビル百貨店」としての気概は今なお、この地に根付いていると言えよう。

【かつてこの街の多くはGHQに接収されていた】
 ハマノザキニハマル…、ハマノザキニハマル――。今度来る時は、『はま太郎』を片手に散策してみよう。まことに稀少な本ではあるが、この街の賑やかで明るい文化とその歴史は、しっかりと刻み込まれている。

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