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8月, 2018の投稿を表示しています

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90年代のフェティシズム―スピリチュアル・ヴァイブスとトリス

今宵は、酒と音楽と恋の話で妄想したい――。こんなテーマが、野暮で冗長でありふれた戯言すぎることを私はよく知っている。それでも尚、このテーマから背くことができないような気がする。好きな音楽、好きな酒、そして熱い恋の話。どう転び回って語り尽くしたとしても、それは陳腐極まれり――なのだけれど、もはや逃れることが不可能なようだ。酒場の片隅で友人にとうとうと語るというより、むしろ、踊り子達が退けた深夜の裏通りか何かで、ぽつりぽつりと雨が降り出した挙げ句、にわかに思い出して呟き始める過去の記憶のようなもの。網膜に映った一瞬一瞬の、そんな蒼茫たる調子の無益な話だと思って、潰せる時間があるのなら是非読んでいただきたいと願う。
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 酒と音楽と恋に関して、まったくの個人史的な眺望から、“90年代”の10年間を振り返ってみたのだった。すると、前半の5年間は演劇活動にどっぷりと浸かり、後の5年間は、音楽活動で喘ぎ苦しんだ、という2本立てとなる。そのうちの後半のいずれかの頃、酒の本当の旨味というものをようやく知り始めた――ということになるのだろうか。ここで敢えて述べておくけれども、クリエイターにとって酒と音楽と恋とは、常にそれぞれが雑多に連動し、切り離せないものであるということを、確信を持って私は言いたいのである。  閑話休題。どちらかというと、後半の5年間の方が、心理的にも泥沼であったなということを思い返す。しかしながら、これら10年間をいくら振り返ってみても、客観的な「幸」と「不幸」を判断することはできないのだ。また、そんなレッテルを貼ってみたところで、ものの数秒で価値観はたちまち変わり、やはりすべて「不幸」であったと投げ遣りに思いかねないのだけれど、見方を変えれば、すべて「幸」であったとも思えるのである。決して不幸せな時間が長くは続いてはいなかった、と信じられる10年間であった、とも言える。だから、その手のレッテル貼りの判断は、よした方がいい。
 私が90年代に出会った音楽などは、すべからく自身の創作活動の肥やしとなっていたことは確かだ。ところで、ぴょこりと90年代半ばに現れた、一組のユニット、竹村延和(Nobukazu Takemura)氏とヴォーカリストの野中紀公子さんの「スピリチュアル・ヴァイブス」(Spiritual Vibes)に対しては、ある種の偏見とジェラシーと怨…

バシェの音響彫刻を聴く

1970年の大阪万博への憧憬は、尽きることがない。昨年私は、茨城県取手市の東京藝術大学ファクトリーラボが大阪万博の鉄鋼館におけるフランソワ・バシェ(François Baschet)製作の「音響彫刻」を修復・公開することを目的としたクラウドファンディングに出資し、その後、修復製作の資料や完成した勝原フォーンの演奏動画(出資者限定のフル・ヴァージョン)を観ることができ、その「音響彫刻」の妖しげなスティールの音色に感動した。
 尚、事の経緯をここでは省きたいので、クラウドファンディングについては当ブログ昨年5月の「大阪万博と音響彫刻のこと」、鉄鋼館のスペース・シアターに関しては昨年6月の「スペース・シアター―大阪万博・鉄鋼館の記録」、修復経過については8月の「バシェの音響彫刻修復―その経過報告」を読んでいただければ幸いである。
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 勝原フォーンの演奏動画について触れておく。内容については、昨年12月3日付の朝日新聞朝刊の記事が詳しい。「大阪万博の音響彫刻 輝き再び」という記事の見出しで、12月2日、取手市の藝大取手キャンパス内(金工工房金工機械室)で復元後初の演奏会がおこなわれた。演奏者は、バルセロナ大学美術学部研究員で講師のマルティ・ルイツ氏、それからバシェ協会会長の永田砂知子さん。演奏会場には、クラウドファンディングで支援した関係者らが参加、とある。  私はまず、動画を観る前に、今年の3月末に藝大ファクトリーラボから送っていただいた勝原フォーンの図面データを見、「音響彫刻」の全体像を把握することに努めた。その最も特徴的な、植物の葉のような形をした金属板の材質はジュラルミンで、大きさはどれも100センチ角の板金からカットされ湾曲して接合されているので、概ね縦120センチ×横95センチほどである。湾曲した金属板の奥行きは概ね3センチから2.5センチほど。加工された表面は放射状に波打っていたりするので、よりいっそう葉脈らしく見え、まるで金属板が生きているかのような印象である。図面にはその他、この金属板を支えるための金属製のパイプなどの設計図があり、これら全体を復元したとなると、製作には相当苦労があったかと思われる。
 勝原フォーンの演奏動画は、幸いなことに、この時の演奏会の30分強のフル・ヴァージョンを鑑賞することができた。基本的な演奏手法としては、琴のように張り…

ラジオと音楽―小林克也の名調子

アレサ・フランクリンが先日亡くなった。哀しみで心が痛む次の瞬間に、私はおもむろに背筋を伸ばして、彼女の生まれ故郷のメンフィスの方角に向かって深々と日本式のお辞儀をした。そういえば昔、アレサを初めて知ったのはラジオであった。小さなラジオのスピーカーから高らかに、彼女の猫のようなシャウトが聴こえてきた初体験は忘れられない。いま再び、アレサの歌声がいっぱい甦ってきて、むしろ哀しみよりも奔放な高揚感が募り、心の和みを取り戻すことができたように思う。  8月19日付の朝日新聞朝刊の「天声人語」では、彼女への追悼の意を表したかたちで、「Respect」と「Think」の話が出てきた。たぶん、こんなような話を、初めてアレサを知ったラジオで私は昔聴いたのかも知れない。黒人の公民権運動とヴェトナム戦争のあった1960年代の話。私は個人的に、バカラックの「I Say a Little Prayer」を歌うアレサの声がすこぶる好きなのだけれど、やはり60年代後半の、世界で活発となった各々の民権運動の大きな糧となり、彼女の歌声は人々の心に刻まれていったのではないか。音楽の力はごくごく小さいが、偉大である――と思いたい。
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 そんなアレサを含めたソウル・ミュージックにどっぷりと私が浸かったのは、中学生になってからである。しかしそれ以前に、家にあったハリー・ベラフォンテのカリプソのレコードを聴いていたりしていたので、洋楽に対する嗅覚は悪い方ではなかった。  中学生の頃にホイットニー・ヒューストンがデビューし、母親のシシー・ヒューストンやゴスペルについて、あるいは従姉妹のディオンヌ・ワーウィックの存在やマーヴィン・ゲイ、スティービー・ワンダー、ダイアナ・ロス、ジョージ・ベンソン、ポール・ジャバラ、カーティス・メイフィールドあたりの話についてラジオでとくと語ってくれたのは、確かに――これは本当に確かに――小林克也氏であった。  ちなみに、テレビではなんといっても「ベストヒットUSA」をよく観ていたけれど、テレビでもラジオでも、海外のポップス事情やソウル・ミュージックについての話を、よく煮込んだポトフのような味のある分厚い声で、しっかりと頭にたたき込まれた、という記憶がある。あの頃、そういったラジオ番組を見つけると、頻繁にカセットテープに録音し、何度も聴き返していたものだ。中学校時代のラジオ…

現在進行形のエイプリルフール

恋とか愛とかの瑣末で、私自身の内と外で実際に起きていることや起こりつつあることを、露骨にあれやこれやと書くのは控えたい。しかし、とりあえずそのことは脇に置いておくことにして、何より、その恋とか愛とかで露出した《粘膜》の炎症を、さしあたって治癒すべく、意識的に聴き返したバート・バカラックの音楽とその映画について書いておきたい。
 私はこの映画を観て、心が大いに和み、平常心を取り戻すことができた。情緒が激しく揺さぶられたのち、やがて心理的には沈静化して、恋とか愛とかの思考を静かに継続することができた。バカラックのおかげである。はて、この男いったい、何を言いたいのかと思うこと勿れ――。ともかくその曲は、バカラックの「The April Fools」であり、ある映画の主題歌でもある。振り返ると私は5年前、こんなことを書いていた。

《春になるとバカラックの音楽が聴きたくなり、キューブリックの映画が観たくなる――。バカラック作曲の主題歌である映画『幸せはパリで』の「The April Fools」。胸が押しつけられるような切ない曲で、20代の頃によく聴いていました。
カトリーヌ・ドヌーヴとジャック・レモン主演『幸せはパリで』(スチュアート・ローゼンバーグ監督)の映画はまだ観たことがない。現在、DVDの販売はないようで、古いVHSでも高値なのでレンタルで借りるぐらいしか手はありません。しかしタイミング良く、NHKさんあたりが放送してくれればいいなと思ってはいますが…》

 ホームページ[Dodidn*]「今月のMessage」のコラムで、2013年の4月にそれを書いたのだった。そうして今年になってこの映画が観たくなり、ネットショップで検索してみたところ、どうやら幸いにも近年DVD化されたようで、簡単にそのDVDを入手することができた。――私は今、この映画を観終わり、余韻に浸っている。エンディングでディオンヌ・ワーウィックが歌う「The April Fools」が、両耳にこびりついている。湿った夜の夏のかがり火となって、私の心はさらによろめいていった――。

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 ジャック・レモン主演の名画の数々を、私はほとんど観た記憶がない。ジャック・レモンの顔をたちまち思い起こそうとすると、ヘンリー・フォンダの顔が浮かんできてしまう。唯一、ジェームズ・ブリッジス監督の映画『チャイナ・シンドロー…