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2月, 2019の投稿を表示しています

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伴田良輔の「震える盆栽」再考

作家でありセクシュアル・アートの評論家でもある、伴田良輔氏の様々な文筆作品に目を通す機会が多かった私は、その最初に出合ったショート・ショート作品「震える盆栽」の妖しげで奇怪なる感動が今でも忘れられない。それはもう、かれこれ27年も前のことになるのだった。  この「震える盆栽」については、当ブログ「『震える盆栽』を読んだ頃」(2011年2月)で書いた。いずれにしても27年前の“異形の出合い”がなければ、その後私はセクシュアル・アートへの造詣を深めることは無理であったろう。敢えてもう一度、この作品について深く掘り下げてみたくなった。あの時の、邂逅のエピソードからあらためて綴っていくことにする。
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 「震える盆栽」を初めて知った(初めて出合った)のは、90年代初め。私はその頃上野の専門学校に通っており、まだ20歳になったばかりの時である。  ある日、授業の合間に学校を抜け出て、入谷方面へと散歩に出掛けた。交差点近くの所に来て、小さな書店を見つけたのだった。暇つぶしにこれ幸い、とその店に駆け込んだのだけれど、今となっては、その場所も、店の名前もまったく憶えていない。――ちなみに後年、鬼子母神(真源寺)のある入谷におもむいて、この書店をしらみつぶしに探したことがあったが、見つからなかった。既に閉店していた可能性もある。  私は、ありとあらゆる理由を考えた末に、結局、あの書店はもともと狐なるものが経営していて、ある日忽然と消えてしまったのだ、と信じて已まない。そういえば店主は、細い目をしていたような――。
 閑話休題。さて、その書店に入ったはいいが、真っ昼間で他のお客は誰も居なかったのだった。だから店内はしーんと静まりかえっていた。この狭い空間に、店主と私二人きり。何かUSENのBGMくらいかけておいて欲しい…。雰囲気としてはとても堪えられそうになかった。そう思ってしまったのは、なんとも若気の至りであった。
 若気の至りほど感覚的に懐かしいものはない。今の私なら、そういう小さな商店に足を踏み入れて、場の悪い空気にさらされたとしても、何ら平気。何のためらいもなく居続けるに違いない。え、客は私ひとりですが、なにかそれが問題でも?――。店主に話しかけられようが何だろうが、ずっと居座り続けるに違いない。尤も、長い時間読みたくなるくらい面白い本がそこにあれば、の話だが。  年を取…

ガラス板の中の青年―「郷愁と彼方の非線形」

これ以上はないと思われる百科事典たる荘厳な体裁その情趣。なおかつほとんどヴィンテージと言っていい古めかしい『世界大百科事典』(平凡社、1965年初版)で「写真」をひいてみた。まことにたいへんな長文であった。  冒頭のトピックは、「写真術の発明と発達」となっていて、1727年ドイツの医師シュルツェ(John Heinrich Schulze)が炭酸石灰と硝酸銀などの原料を用い、ガラス瓶の中に透過された光によって黒紙の模様を現出させた実験の内容から論述が始まっている。それから、フランスのダゲール(Louis Jacques Mandé Daguerre)の話へと続き、湿板写真の発明云々の後、ようやく乾板とフィルムについての論述となる。これらの学術的内容は、興味を示す者にとっては実に博学的な、そうでない者にとってはちんぷんかんぷんな言葉の羅列であり、写真の発明と原理についての硬質とも言える文体の科学的論法こそ、『世界大百科事典』に似つかわしい格調高い風情なのであった。
 それはそうと、私がここで述べようとしているのは、写真乾板についてである。写真乾板の発明は、1871年イギリスのマドックス(Rechard Leach Maddox)による。ゼラチンの溶液に臭化銀を作ってガラス板に塗布し乾かしたものを用い、湿式ではほとんど不可能であった動体撮影が、乾板では可能となった。そうして感光乳剤を塗布していたガラス板の素材が、やがて感光性フィルムに置き換わって技術的進歩を遂げた、その恩恵をめいっぱい授かった20世紀末までが、フィルム現像方式の全盛期であり、以後、ピクセル画によるデジタル・カメラが主流となってその役目が終わる。ここから話を写真乾板に戻す――。
 私が今回おこなった実験的試みは、古びた写真乾板のデジタル画像変換(デジタル・スキャニング)である。故あって、というか自身の音楽制作(「郷愁と彼方の非線形」)に関連し、そのモチーフの画像を得るためにこうした試みをおこなったわけだが、写真乾板のデジタル画像変換は、既に経験として別の乾板で2年前にもおこなったことがある(当ブログ「乾板写真―家族の肖像〈1〉」参照)。  ガラス板に光を投射し、塗布された感光乳剤によって印画された像を、デジタル画像に変換して記録すること。これには、スキャナーを用いる。こうした方法をより科学的に精確に…

さようならヨーカドー

かなり思い出の詰まった“ローカル”な話――。去る2月17日、わが地元の市民に長年愛されてきた総合スーパー「イトーヨーカドー古河店」(茨城県古河市雷電町)が惜しまれて閉店。知り合いに聞けば、閉店日当日は駐車場がほぼすべて満車。多くの人が詰めかけて大盛況であったという。  実は昨年中の早い時期に、“古河のイトーヨーカドーが来年、閉店になる”という話を知人から聞いていた。閉店という言葉にある種の驚きはあったものの、ああ、いよいよヨーカドーもそうなるのかという深い溜息に近い気持ちであった。以前より、実際に店内で買い物をしていてもなんとなく客足が薄まっているように感じられたし、どこか活気に乏しいところがあった。しかも市内にはいくつかの大型スーパーがあって、そちらに客を取られている感は否めなかった。〈ここにきて閉店はやむを得ない〉という消沈。
 そうして今年の1月、茨城新聞の9日付の記事の見出しで「ヨーカドー古河店閉店へ 2月17日、売り上げ低迷」と出る。
《JR古河駅近くの中核的な商業施設として長年親しまれてきたが、近年の売り上げ低迷などを理由に撤退が決まった。同ホールディングスの担当者は「お客さまのニーズの変化に対応できなくなってしまった」と説明した》
(2019年1月9日付茨城新聞より引用)
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 あれよあれよと日々の生活の忙しさにかまけて、気づけば明日が閉店日なのだと気づいた時はもう遅かった。個人的に店舗を訪れる機会を完全に喪ってしまったのだった。今年はせめて一度だけ最後に訪れようと思っていたにもかかわらず。もう一度あそこで、あの店であれを買おう。その念願を果たせないまま、閉店の日が過ぎてしまった。クローズである。やるせない無念さが込み上げてくる――。
 地元に「イトーヨーカドー古河店」ができたのは、42年前の1976年(昭和51年)5月である。私はまだ4歳だった。
 あの頃、売り場面積の広い大型の総合スーパーなんていうものは他になくて、ヨーカドーのオープン直後、日曜日になるとそこへ家族5人で買い物に出掛けるのが、お決まりの休日イベントであった。買い物をした後に店内のレストラン街で昼食をゆっくりと楽しむ。私はもちろん、泣く子も黙る王道のお子様ランチ。ぽっくりとお山になったチャーハンの頂に日本の国旗。ピーピー鳴る笛が付いていて、黒っぽいカラメルのソースがたっぷりとかか…

ぐだぐだと、寺山修司と新宿風月堂の話

新宿…シンジュク…Shinjuku――と、かの時代の新宿に思いを馳せてみる。1960年代から70年代にかけての新宿。その頃私はまだ生まれていなかったから、1980年代以前の新宿の空気を知らないし、あまり話にも聞かなかった。知らなかった頃の昭和の新宿が、たまらなく知りたくなる。当面はまず、机上の空想でその頃の新宿という街を読み解いていくしかない。
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 机の上に資料を並べた。グラスに琥珀色の酒を注ぎ、その薫香を味わいながら、新宿の、今よりももっと“図太かった”街の様子を、大雑把に想像してみる。地下階段から這い出た東口付近の通りの、歩く人々の交差とネオンの夜景。どこまでも世相が反映する人々の服装、化粧、身につける装飾品。そして今でこそ、大事そうに片手に抱えるケータイからSNSに夢中になる人々のうつろな眼差しというものは、あの頃には、まったくなかった。そのことは、逆に不可思議な想像と映るかも知れない。思う存分、そんな昔の新宿の街を、心にしみるまで想像してみた――。  昭和の新宿への懐古的空想は、まるで古びて黒ずんだ幻燈機の放つ、妖しい光のように淡く切ない。ゆらめく光が幻影を作り出し、幻影と幻影とが交錯し、《記憶》の襞を刺戟する。  新宿という街は、どこか人々の《記憶》を曖昧にしてしまう負の力がある。特有の後ろめたさが、心の裏側にこびりついて失うことがない。私がかつて、学生時代に街を歩いて目撃した新宿の所々には、60年代から70年代にかけての新宿の幻影なるものが、二重写しのようになって残存していたように思われる。この時既に、私が見た街の記憶は、事実と虚構の境界線をゆらゆらと行き来するような曖昧なものであった。
 新宿は、闊達とした街である。時代の変化を感じさせない文化的スケールがある。どういうわけだか今、私は、新宿という街を愛してしまっている。繰り返し繰り返し、そのことを追想している。  確かに中学生の頃は、新宿という街の猥雑さに憧れた。国籍を問わず多種多様な恰好をした大人達が、主体性もなく街をさまよっていることに憧れた。が、街への憧れと愛着はさほど長くは続かなかった。いま再び、新宿という街について思いを馳せてみると、やはり少年時代に見た新宿の、あの大人びた、どこか汚らわしくそれでいて少し寂びて枯れた心持ちの、なんとも言えないざわざわとした雰囲気が、たまらなく脳裏に甦…