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5月, 2019の投稿を表示しています

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ティーンエイジャーはなぜ問題行動を起こすのか

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私は10年ほど前にその数年間、余程の理由もなく気晴らしに――それもかなり熱っぽく『ナショナル ジオグラフィック』(NATIONAL GEOGRAPHIC)の日本語版(日経ナショナル ジオグラフィック社)を定期購読していた。通称“ナショジオ”は知っての通り、ネイチャー&サイエンス系の月刊誌である。子どもから大人まで、購読者の年齢層は幅広い。何と言っても“ナショジオ”は、表紙から中身から、視覚中枢を圧倒するかのようなフォトグラフィックの雨嵐で、構図的な美や色彩の艶やかさに魅了され、私はその頃、この月刊誌のファンだったのだ。  そうしたふくよかな書物の残滓は、私の手の中でかろうじてあった。購読していた当時の本は今や、“2011年10月号”の1冊しか残っていなかった。その号の表紙のイラストはサム・ハンドレー氏で、水彩絵の具を丸一日撒き散らした、らしい。眼に焼き付いてしまうくらい、印象的な表紙である。
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 この号の特集記事「ティーンズの脳の驚異」が、斬新なサイエンス・フラッグとしてたいへん読み応えがあったのだった。内容は、「思春期の若者は、なぜ厄介な問題行動を起こすのか」がテーマである。ちなみに表紙の見出しは、「解明されるティーンズの脳」となっていた。“ナショジオ”日本語版の、本の中身における各種標題は、このように厳密な標題にこだわっていない。したがって、どの標題がどの記事を指しているのか、少々分かりづらいことがある。  ともかく、まずは本当のことを言おう――。  私は当時(2011年9月)、これをまったく読んでいなかったのである。この雑誌が書棚の片隅に未開封の“ポリ袋状態”で差し込まれたまま、およそ8年間――いっさい手を触れることなく眠っていたわけである。本を開いたのはごく最近のことだ。そうして記事の「ティーンズの脳の驚異」を読んだら、思いがけずこのテーマへの関心の度合いが高まったのだった。
 この特集記事のフォトグラフ――撮影場所はほぼすべてテキサス州のオースティン――だけを見ていっても、そのあざやかさに思わず引き込まれてしまう。フォトグラファーは1987年生まれのアメリカ・フロリダ州出身、ビジュアル・デザイナーであるキトラ・カハナ(Kitra Cahana)氏。彼女のサイトに掲載してあったアートワークで、“Still Man”が私は好きだ(おそらくその被写体の男…

寺山修司の『青年よ大尻を抱け』〈一〉

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《いまの男の子たちって、ピンポン・ジェネレーションね》  ピンポンって、《タマが小さいでしょう》。  寺山修司著『書を捨てよ、町へ出よう』(角川文庫)の「青年よ大尻を抱け」の冒頭は、いきなり、タマの話である。“ピンポン・ジェネレーション”と言って女性が大口を叩き、今どきの男子は「タマが小さい」と揶揄する心理的苛烈な内容である。『書を捨てよ、町へ出よう』については、当ブログ「寺山修司―三分三十秒の賭博とアスファルト・ジャングル」でも触れている。昭和42年(1967年)、初版は芳賀書店である。  ピンポンって、《タマが小さいでしょう》――。ここでのピンポン(Ping pong)とは、言うまでもなく、卓球(Table tennis)のことである。気づいたら辞書を手に持って開いていたので、卓球について引用しておく。 《室内競技の一つ。中央に網を張った卓上で、セルロイド製の小球を互いに打ち合う。ピンポン》 (『岩波国語辞典』第七版より引用)
 そういえばちょっと昔、『ピンポン』なんていう窪塚洋介が主演した映画があった。曽利文彦監督の映画で、原作は松本大洋。ペコを演じる窪塚のセリフ「I Can Fly!!」が耳にこびりついている。5年くらい前には、原作マンガがアニメ化されたこともあった(ちなみにその時の音楽は、牛尾憲輔)。映画ではそのピンポン球をCGで描いた――云々の裏話を知っているが、さて、ピンポン球とは具体的にどれくらいの大きさなのであろうか。
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 「青年よ大尻を抱け」は、ピンポンよりも、野球のタマの方が(大きいから)いい、という女の子のからかい話から始まって、野球のタマより蹴球(サッカー)がいい、蹴球よりも…この世で一番大きいタマは? となって、それは地球だ――とオチがつく。女性が感じる「男性の性的魅力」の問題がここまで大きくなれば、手に負えないではないか――という序盤の話題の軽い小噺になっている。  寺山は冒頭で述べているのだ。ピンポンのタマは、ボクたちの同時代の誰の睾丸よりも大きいと。女性は“小さなタマ”としての象徴であるピンポン球を引き合いに出して、頼りない今の(その当時の)若者男子を強烈に揶揄したのであるが、実際のところ、男性の生殖器の、陰嚢に包まれて垂れ下がっている睾丸(精巣)は、ピンポン球より小さいじゃないか、と寺山は暗に述べようとした。女性にあれこれ言われ…

お茶とサブ・カルチャーのアーティクル〈八〉

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前回はmas氏のライカと新宿の話。当ブログ「お茶とサブ・カルチャーのアーティクル」のシリーズは数えると今回で8回目である。これは私自身の、カメラと写真を軸とした“素行”を紐解く重要な鍵としての(「茶」の精神と絡めたりして)、過去に読み耽ったウェブサイトにまつわる“回想録抄記”となっている。  いま私は、自主制作映画というスタンスで、“ちっちゃな映画”(タイトルは『アヒルの狂想曲』)を本気で創り始めているのだけれど、その“ちっちゃな映画”的なものをかつて創ろうとしていたのが、サブカルで私淑するmas氏だったのだ。私は彼の影響を(ウェブとサブカルの側面で)多大に受けている。mas氏は90年代末頃、アメリカの写真家デュアン・マイケルズ(ドウェイン・マイケルズ、Duane Michals)に感化され、自身のカメラで撮影した散歩写真を掻き集め、一つのフォト・ストーリー作品を創ろうとしていたのだった。タイトルは、「My Last Pictures」であった。
 いま、“ちっちゃな映画”を創り始めた矢先、私はmas氏のウェブサイトをあらためて思い出す。そこにはサブカルへの深い愛着があった。彼は2000年代初め、自身のホームページ上のアーティクルにその映画創りの話を持ち込んで、読み人であった私にある種の熱量を注ぎ込んだのである。カメラとレンズと、そのアクセサリーを満遍なく揃えること。たっぷりと落ち着いた風情で世界を見わたし、その風景に己の足で大きく踏み出すこと。人生の最大の《余興》であり得るのが、映画ではないかということ――。
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 とても残念なことに、「My Last Pictures」のフォト・ストーリーのテクストも、そのウェブサイト自体も、今は現存していない(ただし、テクストは私個人がアーカイヴしてある)。それでも今年、彼の別のサイト[msbcsnb](http://www.geocities.ws/msbcsnb/index-2.html)がWWWのサーバー上に残っているのを発見して、今のところそれは、誰でも見ることができるようになっている(いずれ消えてしまう可能性がある)。更新は10年以上前を最後に途絶えてしまっているが、mas氏がそこに残した、旅行記や家族を写した写真、花などのフォト・ギャラリーとなっており、2000年代に作成したウェブサイトの一端を垣間見ることができ…

樋口可南子と篠山紀信

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お櫃でかき混ぜたご飯を召し上がるその瞬間に、ふわりと漂うヒノキの香りが鼻孔の奥を通り過ぎて、不思議なくらいに《野趣》に富む贅沢な気持ちを味わった。女優・樋口可南子の写真集『water fruit』を眺めていると、そういう体験を想起させてくれる。若い頃では絶対にそんなことを感じ得なかったであろう性愛への惑溺した趣が、今はとても心地良い風となってある種のユートピアの在処をひけらかすのであった。
 先月の16日、朝日新聞朝刊のコラムで、写真家・篠山紀信氏の『water fruit』にまつわる回想録が掲載された。私はそれを読んだ。「猫もしゃくしも『ヘア』 今も嫌」――。  振り返れば1991年、篠山紀信が樋口可南子をモチーフにして撮影した写真集『water fruit 篠山紀信+樋口可南子 accidents 1』が発売された時、“ヘアヌード写真集”が出たということで大変話題になったのを思い出す。当時32歳だった樋口可南子が、篠山氏のカメラの前で“脱いだ”という話題性よりももっと猥雑で露骨な剣幕として、彼女がヘア(pubic hair)までもさらけ出したという、女優としての度胸の意外性に大衆が刮目し、そのことに皆、惚れ惚れとしたのである。  ただし私はまだその頃、19歳であったから、世間の風俗の喧噪に疎く、そこに近づいて興味を持とうという気にはならなかった。あれから28年の歳月を経て、いま私の手元には『water fruit』がある。あの喧噪はいったい何であったのか、『water fruit』とは何ぞや――という長年心に覆われていた靄をいま、取り払ってみたくなったのである。  ちなみに、私が所有しているのは、“1991年3月15日第3刷”で、当時、帯に記され一般に浸透していたタイトルらしき“不測の事態”の文字は、この本の中の刊行データには記されていない。だからここでは、“不測の事態”という言葉を敢えて扱わないことにする。
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 作者と表現者の思いとは裏腹に、この写真集は徹頭徹尾、“ヘアヌード写真集”と流布されて知れ渡った。“ヘアヌード”とは造語であり、「陰毛が映っているヌード」という意である。  日本では戦後、民主主義憲法の下、「表現の自由」(憲法第21条)を謳いながらも性表現・性描写に関しては規制が厳しく(刑法175条)、欧米の基準とは異なって、露骨な性表現・性描写…

三代目「二才の醸」の味わい

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ここぞとばかりに日本酒を味わう――。20代の若者だけで造ったという珍しい酒がある。人肌恋しくなる甘さのベースが口に広がると共に、若々しい果実の、その鮮麗とした味と香りが、口腔から喉の底へと落ちていく、絶妙な感覚――。  我が地元、茨城県古河市の蔵元である青木酒造の酒「二才の醸」(にさいのかもし)。この春売り出したばかりの純米吟醸である。まさに青春の瑞々しさを象徴し、己の心に若き新風が入り込むという情趣。日本酒の深々とした伝統の巧を想う。目を瞑ってこの酒に酔いしれていると、青年期の仄かな記憶が甦ってくる。まさに「二才の醸」の名にふさわしい悦楽の酒である。平成の最後の夜に呑み、明けて令和となった日の夜もまた、この「二才の醸」の若き香りと味に、私はすっかり感慨に浸り、心酔してしまったのである。
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 この酒は、新聞に掲載されていたのだった。4月8日付の朝日新聞朝刊(茨城版)。「3代目『二才の醸』 若者の情熱 結晶」という見出し。「青木酒造(古河)専務や学生らお披露目」という小見出しも付け加えられていた。  古河市の蔵元・青木酒造は天保2年創業である。一昨年の10月、当ブログ「夜の夢の銘酒―御慶事」で同蔵元の特別本醸造酒「御慶事」について書いた。「御慶事」の特別本醸造は甘口の類ではないが、私はこの酒のひっそりと隠れた淡い甘さが好きである(酒米「日本晴」、精米歩合60%、日本酒度+5、酸度1.3)。青木酒造の大本命、「御慶事」は、甘口から辛口まで(純米、特別純米、純米吟醸、純米大吟醸、醸造アルコールを加えた特別本醸造、大吟醸など)バリエーションがあるので、この一つの銘柄においても様々な味の広がりが愉しめるのだ。  話を「二才の醸」に戻す。新聞の写真は、その完成した「二才の醸」のほか、一升瓶を抱えて中央に位置した専務の青木知佐さん。傍らの若者達は、この「二才の醸」の酒造りにかかわったという筑波大の学生さん達だ。  記事を要約する。2014年に初代の「二才の醸」が、埼玉県幸手市の蔵元、石井酒造で誕生した。この銘柄は20代の若者だけで造る。蔵元が30代になったので、昨年の春、新潟市の宝山酒造に引き継がれた。さらに今年、三代目「二才の醸」が青木酒造に引き継がれたということである(専務の知佐さんは、29歳)。
青木酒造の三代目「二才の醸」の酒造りには、筑波大や上智大などの大学生ら2…