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6月, 2019の投稿を表示しています

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90年代のフェティシズム―スピリチュアル・ヴァイブスとトリス

今宵は、酒と音楽と恋の話で妄想したい――。こんなテーマが、野暮で冗長でありふれた戯言すぎることを私はよく知っている。それでも尚、このテーマから背くことができないような気がする。好きな音楽、好きな酒、そして熱い恋の話。どう転び回って語り尽くしたとしても、それは陳腐極まれり――なのだけれど、もはや逃れることが不可能なようだ。酒場の片隅で友人にとうとうと語るというより、むしろ、踊り子達が退けた深夜の裏通りか何かで、ぽつりぽつりと雨が降り出した挙げ句、にわかに思い出して呟き始める過去の記憶のようなもの。網膜に映った一瞬一瞬の、そんな蒼茫たる調子の無益な話だと思って、潰せる時間があるのなら是非読んでいただきたいと願う。
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 酒と音楽と恋に関して、まったくの個人史的な眺望から、“90年代”の10年間を振り返ってみたのだった。すると、前半の5年間は演劇活動にどっぷりと浸かり、後の5年間は、音楽活動で喘ぎ苦しんだ、という2本立てとなる。そのうちの後半のいずれかの頃、酒の本当の旨味というものをようやく知り始めた――ということになるのだろうか。ここで敢えて述べておくけれども、クリエイターにとって酒と音楽と恋とは、常にそれぞれが雑多に連動し、切り離せないものであるということを、確信を持って私は言いたいのである。  閑話休題。どちらかというと、後半の5年間の方が、心理的にも泥沼であったなということを思い返す。しかしながら、これら10年間をいくら振り返ってみても、客観的な「幸」と「不幸」を判断することはできないのだ。また、そんなレッテルを貼ってみたところで、ものの数秒で価値観はたちまち変わり、やはりすべて「不幸」であったと投げ遣りに思いかねないのだけれど、見方を変えれば、すべて「幸」であったとも思えるのである。決して不幸せな時間が長くは続いてはいなかった、と信じられる10年間であった、とも言える。だから、その手のレッテル貼りの判断は、よした方がいい。
 私が90年代に出会った音楽などは、すべからく自身の創作活動の肥やしとなっていたことは確かだ。ところで、ぴょこりと90年代半ばに現れた、一組のユニット、竹村延和(Nobukazu Takemura)氏とヴォーカリストの野中紀公子さんの「スピリチュアル・ヴァイブス」(Spiritual Vibes)に対しては、ある種の偏見とジェラシーと怨…

五味彬の『Yellows MEN Tokyo 1995』

写真家・五味彬氏の90年代の集大成であるヌード写真集=“YELLOWS”シリーズを何度か過去に取り上げてきた当ブログにおいて、その“YELLOWS”のなんたるかを断続的に振り返っていこうという試みが、2016年9月の「写真集『nude of J.』」を境にぱったりと途絶えてしまっていたことを深く反省する。もっとこれに食い付いて継続的に追い込むべきであった。  当ブログにおける始まりは、2012年8月の「YELLOWSという裸体」である。今回取り上げるのは、そのシリーズのうちの一つ『Yellows MEN Tokyo 1995』(風雅書房)で、これは、男性モデル26人の全裸を真っ向からとらえたメイル・ヌード写真集である。  実を言うとこの本については、個人的に2017年の春頃に取り上げるつもりで用意していた。実際、本をスチル撮りしたこれらの画像は、その頃撮られたものだ。ところが、まったく別の事由が重なってしまい、取り上げることを忘れて、この本のこともすっかり失念してしまっていた。尚、“YELLOWS”シリーズに関する考察も不完全なままであった。なので、ようやく今、再び狼煙を上げる。90年代に大流行したあの“YELLOWS”シリーズの気炎を。こうして今、邂逅の機会を得た次第である。  本は、私の手元にある。手に取ったのは、およそ3年ぶりである。これを最初に見開いたのは、もう20年近く前のことだ。あらためてこの本を開いてみると、とても懐かしい気がする。私にとっては、少し大袈裟になるが、90年代のlegacyである。五味彬氏の“YELLOWS”シリーズの中で、最も入手が難しい稀少本と称されている『Yellows MEN Tokyo 1995』について、私なりの意趣で紐解いていきたい。
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 1995年に出版された五味氏のヌード写真集『Yellows MEN Tokyo 1995』のシューティング・データをつまみ取る。撮影スタジオは都内のバナナプランテーション(現・権之助坂スタジオ)。撮影日は1994年3月23日~25日。カメラはMamiya 645。  Mamiya 645は中判の一眼レフカメラで、おそらく使用したフィルムは、コダック(日本ではブローニーフィルムと呼んでいたりする)かと思われる。他の“YELLOWS”シリーズでは、当時最先端だったデジカメ(Kodak …

寺山修司の『青年よ大尻を抱け』〈二〉

前回からの続き。寺山修司著『書を捨てよ、町へ出よう』(角川文庫)「青年よ大尻を抱け」。  女性が感じるところの、「男性の性的魅力」に関する手痛い理屈は、単に、〈もっと大きなタマの持ち主になって♡〉、あるいは〈タマの大きな人が好きよ♡〉、という世の男性に対する逆説的なエールでは済まされないのであった。ちなみに、現物のタマの大きさ――については前回書いた――であるとか、ずばり男根の大きさの違いで「女性をセックスで喜ばす」度合いが違うのであろうか、というと、それについての医学的(性科学的)根拠はほとんどないに等しい。何故なら、性感帯で見ていくと、子宮膣部というのは他の性器周辺の部位に比べ、最も「鈍感な」部分だからだ。膣は伸縮自在であり、大きくとも小さくとも、いや、ちっちゃなペニスでも充分に締め付けてくれるものなのだということを、昔、セックスについて詳しい医学博士・奈良林祥氏の本で読んだことがある。
 時に男性は――これは特に若い頃の経験として――来たるべき喫緊のセックス・ランディングに向けての前哨計画、すなわち、完全なる自身の私的空間と時間とをこしらえておき、必死に己の男根をまさぐり、それをほんの数ミリでもいいから「肥大化させよう」キャンペーンを企てることがある。これは一般的に、時折欲望に駆られた男が起こす衝動であるから、世の女性の方々は、愚かしいと思わず大目にみていただきたい。「肥大化させよう」キャンペーンは男の衝動として、自己の肉体に掲げた壮大なる密旨となり得るが、それは勝手な解釈(これを正真正銘、妄想という)であって、大抵は失敗に終わるものである。  〈大きな男根は、カノジョが喜ぶのだ。いやきっとそうに違いない。是非とも大きくなったのを見せびらかしたい〉と、男はふいにくだらないことを考える。思いついたこの手の妄想あるいは一大決心というべきものは、そこから中座して自制することが甚だ難しい。気がつけば、あらゆる器具(例えばポンプとか)や薬を買い込んで、ついその「肥大化させよう」キャンペーンを断行してしまうものなのである。セックスの相手にとっては、ありがた迷惑な話であり、この計画キャンペーンが別段何の意味も持たないことを、セックスの場において双方が、顔にも出さずゆるやかに認知されるのであった。
 尤も、女性の方は、そういう男性を喜ばせようとする。「あら、あなたのって、す…