スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

7月, 2019の投稿を表示しています

☞最新の投稿

『洋酒天国』のロックは飲まぬワインとマルゴの話

1952年(昭和27年)4月28日にサンフランシスコ講和条約が公布。4年後の1956年(昭和31年)の経済白書には、「もはや戦後ではない」という文言が明記され、その年の流行語となった。そういう頃の昭和の時代の話――。エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)のヒット曲が日本にも上陸し、ロカビリー・ブームを巻き起こした年。海の向こうでチャック・ベリーやリトル・リチャードといったロック・スターが華やいだ活躍を見せていたその渦中、同じように若者達を魅了したのがエルヴィス。エルヴィス・プレスリーの(当時のご年配の人達の感覚では)“破廉恥”な歌。そのエルヴィスに心酔した若き日本人こそ、他でもない小坂一也氏。曲は「ハートブレイク・ホテル」。
§
 壽屋(現サントリーホールディングス)のPR誌『洋酒天国』(洋酒天国社)第8号は、昭和31年11月発行。表紙のペーパークラフトの“セスナ機”は、お馴染みイラストレーターの柳原良平。カントリー&ウエスタンを白と喩えれば、リズム&ブルースは黒。その白と黒の音楽を融合させ、エルヴィスの甘ったるいウィスパー・ヴォイスで大ヒットした「ハートブレイク・ホテル」。この年、この曲の日本上陸によって、一大旋風を巻き起こし、戦後派の若者達の頽廃主義的なライフスタイルを大いに刺激。太陽族の風潮に喘いだ“草食系”の若者達が一気にライブハウスへとなだれ込み、片やステージのエレキ、片やTribeの立場でロックン・ロールのパワー感でもみくちゃになっていた、あの時代である。
 しかし、ヨーテンでは、どこか飄々としていて、そうしたロカビリー・ブームの熱風に肖ろうというスタンスが感じられない。ヨーテンを片手に暢気にトリスバーで酒を飲んでいるのは、ネクタイを締めた“オジサマ族”だったからか。“オジサマ族”からすれば、街の界隈のあんなアプレゲールなど、クソ食らえ! ってなもので、そんなものに染まったら、酒が不味くなる、と思っていたのかも知れない。  確かに戦後の闇市では、めっぽう悪評を買った“バクダン”や“カストリ”といったまがい物の酒が横行したそうだ。酒は古来より人々の文化の礎であるという箴言があるとすれば、まがい物ではなく、より上質なものへ、より上品なものへと酒造りの付加価値にこだわるのは当たり前。言うなればそれは、壽屋の創業以来のポリシーでもあった。  …

Yellows MENのCD-ROMのこと〈二〉

〈一〉からの続き。  当時(1994年頃)のMacintoshのメディア系アプリであるQuickTime 2.0について、ほんの少し触れておく。ヴァージョン2.0では、データの読み込み速度が向上、“320×240ドット 30fps”の動画をCD-ROMから読み込んで再生できる。SMPTEサポート、MPEGやMIDIをサポートするようになり、GM対応のソフトウェア・シンセサイザー機能も内蔵していた。当時の動画コーデックは、シネパックである。  あの頃のミュージック・コンテンポラリーの象徴は、坂本龍一であり、山下達郎であり、細野晴臣であり、少し後のSwing Slow(細野とコシミハルのユニット)であり、MONDO GROSSO(モンド・グロッソ、大沢伸一)であり、そして竹村延和のスピリチュアル・ヴァイブスである。むろんこれは私の独断の見解である。しかし、コンピューターによる新しいメディアの台頭と相まって、彼らアーティストの活躍が大きくそれに突き動かされていったことだけは事実であり、故に、ニヒルな90年代の象徴なのである。これは90年代のシーンの最前線を構築した、ミュージック・コンテンポラリーのイメージ・アーティストとして、押さえておかなければならない。
§
 話を本筋に戻す。五味彬氏のCD-ROM写真集『Yellows MEN Tokyo 1994 AKIRA GOMI Photographs』のこと。  ジャケット紙の裏側には、テクストが掲載されていた。ちなみに書籍版では、京都大学理学部助教授・理学博士・片山一道氏の論説「裸のメッセージ―男性ヌード写真によせて」が掲載されていたが、CD-ROM版の方は、まったく別のテクストとなっており、マルチ・メディア系のアート・ディレクターであるタナカノリユキ氏の「視覚的往復行為」という論説。その文章の量は、わずか二つ折り2ページ分である。書き出しはこうだ。
《われわれのカラダは、類としての人間の共通性と、唯一無二の私という固有性のうえに成り立っている。皮膚の色、顔、体型が、誰ひとりとして同じではない私というカラダ。その一皮むいた内部構造においては、他人とほとんど変わりがないということ――(ヒトという類に属しているにもかかわらず、私という他に取り替え不可能なこのカラダをもってしか、生きていくことができないこと)への深い絶望と世界の…

Yellows MENのCD-ROMのこと〈一〉

先月書いた「五味彬の『Yellows MEN Tokyo 1995』」の続き。90年代に日本で“ヘアヌード”写真集が解禁され、以後、出版業界から“ヘアヌード”写真集がわんさかと発売され、一大ブームとなったが、その火付け役となった画期的な写真集――それが、写真家・五味彬氏の“YELLOWS”シリーズであった。当時は業界を席巻し、“イエローズ”という言葉は広く口コミで伝わった。  1995年に風雅書房から出版された『Yellows MEN Tokyo 1995』は、シリーズのうち唯一無二となる“男性ヘアヌード”写真集であり、計26人の全裸を標本化した秀逸作である。先月の稿に一つ書き忘れていたことがあったので、今回はそれを書き足すことにした。すなわちそれは、この“Yellows MEN”の、Mac用CD-ROMについてである。
§
 そんなものがあったのか――と、私もしばらく忘れかけていた。そもそも五味氏の“YELLOWS”シリーズの先発となる1993年の『Yellows 2.0 Tokyo 1993』(当ブログ「YELLOWSという裸体」参照)は、CD-ROM写真集としてプロダクトされていたのだ。ともかく私はそれを思い出し、“Yellows MEN”のCD-ROMを市場で探してみることにした。  ところがごく最近、本当にまったくと言っていいほどの奇跡が起こり、私はそれを楽に入手することができたのだった。透明のスリムケースに収まった8インチ・ディスク――。1994年、DIGITALOGUEから販売されたMac用CD-ROM“Yellows MEN”。定価は6,800円であるが、むろんのこと、私は今回その値段で入手したわけではない。なかなか市場には出回っていない、レアな、お宝アイテムではないかと、しばし興奮した。
 意味深なのは、CD-ROMのタイトルであった。タイトルの中の西暦が、書籍版とは違っているので不思議に思った。風雅書房の書籍の方のタイトルは、『Yellows MEN Tokyo 1995 AKIRA GOMI Photographs』。それに対し、CD-ROMは、『Yellows MEN Tokyo 1994 AKIRA GOMI Photographs』となっている。写真集の中身はまったく同じであるはずなのに何故、書籍の方は“1995”で、CD-ROMは…

伴田良輔の「震える盆栽」再考

作家でありセクシュアル・アートの評論家でもある、伴田良輔氏の様々な文筆作品に目を通す機会が多かった私は、その最初に出合ったショート・ショート作品「震える盆栽」の妖しげで奇怪なる感動が今でも忘れられない。それはもう、かれこれ27年も前のことになるのだった。  この「震える盆栽」については、当ブログ「『震える盆栽』を読んだ頃」(2011年2月)で書いた。いずれにしても27年前の“異形の出合い”がなければ、その後私はセクシュアル・アートへの造詣を深めることは無理であったろう。敢えてもう一度、この作品について深く掘り下げてみたくなった。あの時の、邂逅のエピソードからあらためて綴っていくことにする。
§
 「震える盆栽」を初めて知った(初めて出合った)のは、90年代初め。私はその頃上野の専門学校に通っており、まだ20歳になったばかりの時である。  ある日、授業の合間に学校を抜け出て、入谷方面へと散歩に出掛けた。交差点近くの所に来て、小さな書店を見つけたのだった。暇つぶしにこれ幸い、とその店に駆け込んだのだけれど、今となっては、その場所も、店の名前もまったく憶えていない。――ちなみに後年、鬼子母神(真源寺)のある入谷におもむいて、この書店をしらみつぶしに探したことがあったが、見つからなかった。既に閉店していた可能性もある。  私は、ありとあらゆる理由を考えた末に、結局、あの書店はもともと狐なるものが経営していて、ある日忽然と消えてしまったのだ、と信じて已まない。そういえば店主は、細い目をしていたような――。
 閑話休題。さて、その書店に入ったはいいが、真っ昼間で他のお客は誰も居なかったのだった。だから店内はしーんと静まりかえっていた。この狭い空間に、店主と私二人きり。何かUSENのBGMくらいかけておいて欲しい…。雰囲気としてはとても堪えられそうになかった。そう思ってしまったのは、なんとも若気の至りであった。
 若気の至りほど感覚的に懐かしいものはない。今の私なら、そういう小さな商店に足を踏み入れて、場の悪い空気にさらされたとしても、何ら平気。何のためらいもなく居続けるに違いない。え、客は私ひとりですが、なにかそれが問題でも?――。店主に話しかけられようが何だろうが、ずっと居座り続けるに違いない。尤も、長い時間読みたくなるくらい面白い本がそこにあれば、の話だが。  年を取…