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8月, 2020の投稿を表示しています

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消えゆく写真

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【FUJIFILM X-T3で試し撮り。被写体はLEICA IIIc】  元日の午後、手持ちのカメラ(FUJIFILM X-T3、レンズはFUJINON XF18-55mm F2.8-4.0 R LM OIS)でアンティークと化したLEICA IIIc(レンズはCanon SERENAR 50mm F1.9)を被写体に試し撮りをおこなった。ここ数日間続いた日本海側の寒波の煽りで、関東地方は異常なほど冷え込み、ただただ日光が神々しく、温かく、優しさをも醸し出しているかのようで、直接光と間接光に包まれたアンティークの被写体は何か、その機械的な佇まいの中に、微睡んでいるようにも見えた。  しかし一方で、いずれ消えゆくかも知れないアンティークの宿命の儚さもまた、写真という風雅の物悲しさを表している。《所有》とは、実に悲しげな行為なのである。ともあれ、個人的なクラシック・カメラの思い出は尽きることがない。私の記憶は、およそ20年前のウェブへといざなわれる――。 ➤写真とカメラを教示したmas氏  20年前のインターネットがきわめて遠い事象となりつつある、コロナ禍を経た時代の流れ。世相流行の移ろいはともかく、社会生活全般の隔世を感じるのは、私だけであろうか。今こうしてブログに文章を書いていることも、自身のウェブサイトをいくつか構築し、音楽や映像や写真などのポートフォリオを細々と展開しているのも、およそ20年前より私淑していた、mas氏のウェブサイトをお手本にしたものなのである。インターネットとのかかわり方、その作法や流儀について、詫び寂の何たるかまでも教示されたように思える。  20年前、彼に倣ってクラシック・カメラ遍歴(別の鋭い言い方では「クラシック・カメラ・ウイルス」とも言う)にどっぷりと浸かり、写真とカメラによる悦楽の日々を送っていたあの頃が、ひどく懐かしい。  mas氏に関しては、昨年の 「思い出のmas氏―池袋のお馬さん」 やそれ以前に多くテクストを書き連ねているので、ここでは詳しく書かない。  今はネット上に現存していない、彼の旧ウェブサイト[mas camera classica]では、洒脱な文章でカメラや写真についてとくと語られていて、その内容に私も感心したのだった。一部をコピーしてテクストファイルとして記録していたのもとうに忘れ、それをPCのハードディスク内か

ズッキーニとアボカドのサンドイッチの余話から

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【雑誌『an・an』で発見したズッキーニとアボカドのサンドイッチ】  とりとめのない雑文の中にこそ、真実が紛れ込んでいるものと信じて疑わない。「ジュウバコのスミをツツく」と長年覚えていた諺は、ひどく適正を欠いていて、正確には、「重箱の隅を楊枝でほじくる(つつく)」と言うらしかった。らしかった…などと曖昧なことではなくて、国語の辞書にそう書いてある。『岩波国語辞典』の第八版を引く。その意は 《隅から隅まで、またはごく細かい事まで、干渉・せんさくする》 とあって、語意の方は間違えて覚えていたわけではなかったことが分かった。 §  その雑誌のとあるページには、ズッキーニとアボカドのサンドイッチの美しい写真とレシピが載っていた。あまりにも美しいので惚れ惚れとしてしまった――。サントリーの角瓶で酔っていたせいもある。  作り方としてはまず、練り辛子とバターを和えておく。クッキングシートの上に輪切りにしたズッキーニを並べ、オリーブオイルと塩を振り、グリルで9分弱焼く。さてそれから、ボウルにアボカドを入れて潰し、レモン汁と塩を加えてよく混ぜ、ペースト状にする。それから、スライスした赤玉ねぎを水に浸し、ザルに入れて水を拭き取っておく。  ここからが本番。サンドイッチ用に2枚のパンを用意し、片方に、和えておいた辛子のバター薄く塗る。もう片方には、潰したアボカドのペーストを塗る。そうして、パンの下にスライスした赤玉ねぎを敷いておく。辛子バターを塗った方には、輪切りにしたズッキーニを並べ、ここで2枚のパンを重ね合わせる。これをラップにくるんで、冷蔵庫に入れて冷やす。時間にすると約1時間くらい。じゅうぶんに冷やし込んだら冷蔵庫から取り出して、ラップを外し、食べやすいようパンの耳を切り落とし、3等分に切れば、出来上がり。こんな説明で大丈夫でしょうか、編集者さん――。  いかにもヘルシーで、美的容姿としてもインスタ映えし、ズッキーニとアボカドのグリーン系の色味が、夏のサンドイッチらしくて愛くるしい。言うまでもなく、食欲がそそられる。  ちょっと、ちょっと、これを眺めて喉を鳴らしている場合ではないんだよ――と我に返り、そそくさと原稿に取り掛かったのが、そのつまり、私が別途活動している性教育サイト [男に異存はない。包茎の話。] への投稿記事 「シンプル極まれり―アンアンのSEX特集」 なのであっ

なにゆえに私はPC-6001の『T.I.Pビルディング』を愛したか

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【PC-6001版『T.I.Pビルディング』。美しく咲く花の秘めたる謎とは?】  少年時代にプレイして遊んだ、ほとんど無名で人気もなく、些か恐くてシュールなゲーム・ソフトを愛し続け、その幻影を追い求めながら、ついに何十年ぶりかという歳月を経てようやく、再びそのゲームをプレイすることができた――というマニアックな話を展開してみたい。超どマイナーなゲームほど、哀愁やら愛着があって忘れ難いものだ。コロナ禍で意気消沈しがちな今夏は、懐かしいレトロ・パソコンの世界へ。ズブズブに浸っていただけることを信じて已まない。ゲームの名は、『T.I.Pビルディング』という。 〈1〉誰も知らない『T.I.Pビルディング』  これまで、過去20年を遡っても、『T.I.Pビルディング』に関する情報をインターネットで収集することはほとんどできなかった。それほど、超どマイナーな幻のゲーム・ソフトである。1980年代、群雄割拠の国産・海外機種の8ビット・パソコンが時代の寵児となってひしめく中、私がその頃所有していたNEC PC-6001はスペック的な進化を遂げていく他機種に徐々に追い抜かれてゆき、同機種のゲーム・ソフトの開発総数は減る一方となって、ユーザーを大いに悩ませた。そんな中、『T.I.Pビルディング』という一つのアドヴェンチャー・ゲームが私の前に現れたのである。  そうしてその中身のシュールさにすっかり惚れ込み、結果としては、成人を過ぎた以降も、私自身の想いはどうにもこうにも、奇天烈なる忘れ難いプレイングの面影の、“追憶の走馬灯”なるものが駆け巡ったまま、数十年の歳月が流れた――ということになる。そして密かに、「再びプレイできる日」を心待ちしていたのだった。この想いは、いくつもの美麗美句を書き並べて過去の思い出を叙述するよりも、遥かに重く切なく、常軌を逸したものであった。  80年代のあの頃、NECの8ビット・パーソナル・コンピューターPC-6001(当ブログ 「PC-6001で思い出すこと」 参照)を愛用していた小学生の私は、日曜日あるいは祝祭日になると、地元の街中にある電機店に出かけ、場合によっては都内に赴き、秋葉原の、ラオックスのパソコン・コーナーへと足を運んで、行き当たりばったりに発見されるであろうゲーム・ソフトとの邂逅を祈願し、ときめき感を募らせていた。しかし、ほとんどの日が、空振

早熟だったブルージン・ピエロ

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【稲垣潤一の「ブルージン・ピエロ」シングル・レコード】  35年前の、私の中学生時代の回想――演劇部の部長に仄かな恋心を抱き、さだまさしの「軽井沢ホテル」を聴きながら、夢うつつの日々を送っていた――ことは以前書いた( 「さだまさしの『軽井沢ホテル』」 参照)。小学4年生の時、既に《失恋》という暗澹たる想念の災いを子供ながらに経験して、それから3年が過ぎようとしていた中学1年の夏の、演劇部での仄かな恋心というのは、総じて早熟な恋模様の、いわゆる中学生らしからぬ――あるいはまさにこれこそが悶々とした思春期の中学生らしさか――《破廉恥な領域》の行き来を意味していたのである。  演劇部の部長(3年生)が意外なほど、大人びて色気づいていたせいもあった。「軽井沢ホテル」とはまた別のかたちで、曲の中の主人公に自分を見立て、夢の中を彷徨っていた月日――それが稲垣潤一の歌う「ブルージン・ピエロ」であった。 §  1985年の夏。その頃の私の嗜好の営みは、深まりつつある夜の時間帯の、ラジオを聴くことであった。ラジオを聴き、初めて稲垣潤一の粘っこい、粘着質のある歌声を発見して、心が揺さぶられたのである。レコード・ショップに駆け込んで7インチのシングルを買うという行動に移ったのは、「軽井沢ホテル」とまったく同様だ。ただし、濃厚だったのは彼の声質だけではなかった。この「ブルージン・ピエロ」の独特のメロディと歌詞の、その大人の恋の沙汰の印象が、あまりにも何か、まるで暗がりの中の不明瞭な色彩を示唆しているかのようで、言わば《破廉恥な領域》の気分を刺戟したのである。五分刈りの頭部が一人の少年の羞恥心の、そのすべてを記号化していた中学1年生の自己の内面では、それがまだ充分には咀嚼できずに、消化不良を起こしていたのだった。そうして次第に、自身の恋沙汰の象徴からこの曲は除外されていった。 《下手なジョークで 君の気をひこうと 必死な ブルージン・ピエロ 下手なダンスで 君を離さないと ささやく ブルージン・ピエロ 君の気持ちはもう 決っていたのに 僕だけ 知らない》 《あの時 君は大人で そして優しくて バカだな 僕はそのまま 愛を信じてた 今でも 今でも 僕は ブルージン・ピエロ》 (稲垣潤一「ブルージン・ピエロ」より引用)  歌詞にしても、また全体の曲の雰囲気からしても、「ブルージン・ピエロ」の熱気

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