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消えゆく写真

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【FUJIFILM X-T3で試し撮り。被写体はLEICA IIIc】  元日の午後、手持ちのカメラ(FUJIFILM X-T3、レンズはFUJINON XF18-55mm F2.8-4.0 R LM OIS)でアンティークと化したLEICA IIIc(レンズはCanon SERENAR 50mm F1.9)を被写体に試し撮りをおこなった。ここ数日間続いた日本海側の寒波の煽りで、関東地方は異常なほど冷え込み、ただただ日光が神々しく、温かく、優しさをも醸し出しているかのようで、直接光と間接光に包まれたアンティークの被写体は何か、その機械的な佇まいの中に、微睡んでいるようにも見えた。  しかし一方で、いずれ消えゆくかも知れないアンティークの宿命の儚さもまた、写真という風雅の物悲しさを表している。《所有》とは、実に悲しげな行為なのである。ともあれ、個人的なクラシック・カメラの思い出は尽きることがない。私の記憶は、およそ20年前のウェブへといざなわれる――。 ➤写真とカメラを教示したmas氏  20年前のインターネットがきわめて遠い事象となりつつある、コロナ禍を経た時代の流れ。世相流行の移ろいはともかく、社会生活全般の隔世を感じるのは、私だけであろうか。今こうしてブログに文章を書いていることも、自身のウェブサイトをいくつか構築し、音楽や映像や写真などのポートフォリオを細々と展開しているのも、およそ20年前より私淑していた、mas氏のウェブサイトをお手本にしたものなのである。インターネットとのかかわり方、その作法や流儀について、詫び寂の何たるかまでも教示されたように思える。  20年前、彼に倣ってクラシック・カメラ遍歴(別の鋭い言い方では「クラシック・カメラ・ウイルス」とも言う)にどっぷりと浸かり、写真とカメラによる悦楽の日々を送っていたあの頃が、ひどく懐かしい。  mas氏に関しては、昨年の 「思い出のmas氏―池袋のお馬さん」 やそれ以前に多くテクストを書き連ねているので、ここでは詳しく書かない。  今はネット上に現存していない、彼の旧ウェブサイト[mas camera classica]では、洒脱な文章でカメラや写真についてとくと語られていて、その内容に私も感心したのだった。一部をコピーしてテクストファイルとして記録していたのもとうに忘れ、それをPCのハードディスク内か

よみがえる『洋酒天国』―ニューヨークの酒場

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【新しく入手した『洋酒天国』第2号。表紙は柳原良平】  『洋酒天国』の 第1号 から 第61号 まで全号踏破し、昨年の11月、感極まって 「プレイバック―さらば洋酒天国、恋のソプリツァ」 を書いた。既に私の手元には、蒐集したこれらの冊子群は一切無い。――と思いきや、1冊見覚えのある本が迷い込んできた。偶然ながら某古書店で、『洋酒天国』の 第2号 を発見してしまったのである。それも真っさらな表紙――。  実は以前、この 第2号 を紹介した当ブログ 「『洋酒天国』とジプシー・ローズ」 (2015年5月)では、ボロボロに剥離した表紙を掲載した。その当時入手した貴重な 第2号 の本の表紙が、荒れに荒れてボロボロだったのだ。ところが今回、新しく見つけた第2号は、全くの真逆。整然と表紙が整っていて、しかも全体的にあまり読み込まれた形跡がない。  こうして私は、その真っさらな表紙の第2号に情欲を抱いたのである。懐かしく読み返してみれば、ジプシー・ローズと野田宇太郎氏のエッセイ以外のページも、なかなか洒落ていて、なぜあの時もっと紹介しなかったのか、勿体なく思えた。  というような理由で、今回特別に『洋酒天国』を復活させ、第2号のあれこれを詮索してみたいと思う。 ➤昭和31年、時代は荒々しく激動  壽屋(現サントリーホールディングス)PR誌『洋酒天国』第2号は、昭和31年5月発行。表紙のペーパークラフトは柳原良平。  昭和31年(1956年)という時代は、戦後11年目、復興を遂げた列島に、まだ生々しい戦争の傷痕や補償問題が紛糾していた頃であり、朝鮮戦争以後の米ソの冷戦下、人々の記憶に戦争体験の悲哀は消えるものではなかった。世界ではこの年、ハンガリーの内乱であるとか、イスラエル軍がエジプトに侵攻だとか、革命派のカストロがキューバに上陸など――が大きなトピックスであった。  国内の政治では、4月に自由民主党の党大会で初代総裁に鳩山一郎氏が選出される。同年10月に、日ソ国交回復に関する共同宣言が調印。これを機に鳩山氏は、政界から退くことを表明。12月に鳩山内閣総辞職、石橋湛山新総裁による石橋内閣が成立。とどのつまり、前年の政局――右派左派に分かれていた社会党の統一と跳躍と拡張(反安保)――に危機感を抱いた保守派、すなわち保守政党であった日本民主党と自由党が合同して自由民主党となり、第一党と

伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』とアバクロイズム

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【昨今ではたいへん偽物が出回っているが、このアバクロのカタログは本物です】  伊丹十三氏の 『ヨーロッパ退屈日記』 (新潮文庫)との縁はまだ日が浅い。本来ならば、開高健氏の書物と同様、旅のお供に持参して、新幹線で京都へ向かう窓際にて読めば、いかにこれが最適なエッセイ集であるか堪能できる。しかし今、「マスクはパンツだ」と叫ばれるご時世だ。パンツを口にしたまま、この本を列車内で読みたくない。もうしばらく旅の体現の猶予をいただきたいのである。  先日、アバクロンビー&フィッチ通称アバクロ(Abercrombie & Fitch)のコートの古着を出してきて眺め、さて今冬はこれを着ようかしらんと思案しているところで偶然、 『ヨーロッパ退屈日記』 を読んで、正装推奨の話に出くわした。これにより、いささか気分を害し、何を言っているんだ伊丹氏は――と内憤したのも束の間、好みとしては十分受容でき、かつアバクロは“正装ではない”にせよ、カジュアルのトラディショナルをうまい具合に包摂した一流の老舗ブランドではないか(しかも建国以来のアメリカらしい風情が感じられる)と考えがまとまりつつあったので、これを本題としてみたくなった。 【伊丹十三著『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫)】 ➤正装の快感  英国人の正統派の気風を慮ったエッセイが、 『ヨーロッパ退屈日記』 の醍醐味である。山口瞳氏は、この伊丹氏の、言わば産業革命以降のヨーロッパ人を多少皮肉った軽妙洒脱なエッセイ集について、 《中学生・高校生に読まれることを希望する。汚れてしまった大人たちではもう遅いのである》 と奨めている。また、その対象物への批評精神が、本格的個性的であることも素直に認めていた。  そうした随筆を書き残した伊丹氏の顕著な姿勢が、エッセイ「正装の快感」によく表れている。  伊丹氏が雑誌『LIFE』の、ボクシングのヨーロッパ・ウェルター級タイトルマッチのスナップを見て思わず感心したという話。観客が皆、タクシード(tuxedo)を着ていたのだそうだ。 《このように、個人に格式を強制してくる社会というのは、嬉しい存在ではないか。日本とは逆である。日本では、個人が社会に格式を要求せざるを得ない》 。伊丹氏はそんなふうに飄々と呟く。  正装するのは、嬉しいことだとも述べている。 《汽車の中のステテコ姿を擁護する人がいるが、彼

ローリー・シモンズの水中バレエ

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【水中に浮遊する人形。ローリー・シモンズの『ウォーター・バレエ』より】  “フェティシズムの化身”たる文筆家・伴田良輔氏の名著 『奇妙な本棚』 (芸文社/1993年初版)は、私の密やかな愛読書である。この本の中で、写真家ローリー・シモンズ(Laurie Simmons)の写真集『ウォーター・バレエ』(“WATTER BALLET/FAMILY COLLISON”/1987年刊)が、「水の踊り」というタイトルで取り上げられているのだが、数年来、この本を眺めている中、客観的にそれがとても数奇な眼差しであることを自覚しながらも、心の奥底のペダンティックなうごめきを抑えることができなかったのだった。知りもしないローリー・シモンズについて語りたい――と。  そうして難儀な捜索が始まった。『ウォーター・バレエ』を入手したい――。しかしこの写真集が、実はたいへんレアアイテムであることに気づき、ウェブ上の古書店で運良くそれを見つけたとしても、到底廉価とは言えないような価格で販売されているので、私は手が出せなかった。その都度、チェックをしてみたものの、ほとんど気落ちして諦めることが多かったのである。  ところが幸いなことに、ローリー・シモンズのバイオグラフィー的な写真集『LAURIE SIMMONS』(A.R.T. Press/1994年刊)を最近入手することができた。この本の中に、8点の『ウォーター・バレエ』所収のカットを見つけることができた。  とりあえず、これでいい――。万を辞して、ペダンティックな心持ちで伴田氏の 『奇妙な本棚』 のエッセイ「水の踊り」について取り掛かろう。このフォトグラフについて語ってみたい。ということで、以下、迂闊な文章をご容赦願いたい。 【伴田良輔のエッセイ集『奇妙な本棚』より「水の踊り」】 ➤冷たい人形たちの水中浮遊  伴田氏のエッセイ「水の踊り」。  そこには、上半身裸の女性が、両手を拡げ、水面近くで眼を瞑り、垂直に浮かんでいる写真が掲載されていた。ローリー・シモンズ『ウォーター・バレエ』の1カットである。キャプションにこうある。 《人間と人形の見分けがつかなくなっていく過程を水のダンスが演出する。プールの底に映る水面の影がたとえようもなく美しい。10点の写真だけで構成された絵本スタイルの写真集》 (伴田良輔著『奇妙な本棚』「水の踊り」より引用)  

野末陳平『ユーモア・センス入門』の大逆襲

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【はい、今回は世界平和の象徴「ピース」のたばこの話です】  私が勝手に“野末本”と称している、野末陳平著『ユーモア・センス入門 学校職場・家庭を笑わそう』(KKベストセラーズ/初版は昭和43年)を紹介した今年9月の当ブログ 「陳平さんのエロい『ユーモア・センス入門』」 が、意外にも好評であった。なので、再びこの本の中から第2弾ということで、エロティックで面白いトピックを紹介してみたい。  ところで個人的に野末氏のことで思い出すのは、前回書いた“プロレス会場”云々以外に、懐かしいラジオ番組がある。私が中学・高校生だった昭和60年(1985年)から平成2年(1990年)頃、平日の朝のラジオ――ニッポン放送『高嶋ひでたけのお早よう! 中年探偵団』という番組の中で、野末氏が出演した際のコーナー――を時折聴いていたのだった(ちなみに同番組の「十朱幸代のいってらっしゃい」は、通学前に確実に聴いていた。十朱さんの最後の「いってらっしゃい!」の声でなぜか元気が出た)。  ということはその頃、野末氏の筋の通った品格ある声の響きから、教養なり人生訓の影響を、少なからず受けていただろうことは、想像できるのである。 【再び登板。野末陳平著『ユーモア・センス入門 学校職場・家庭を笑わそう』】 ➤アキストゼネコの恋占い  陳平さんの『ユーモア・センス入門 学校職場・家庭を笑わそう』。通称、“野末本”。この本の第4講「占いの秘法」では、「不思議にあたる恋占いの法」というページがある。ずばり、「アキストゼネコ(あきすとぜねこ)の恋占い」のことである。アキストゼネコと聞いて、懐かしく思い出す人もいるのではないか。ほとんど今では死語に近いこの言葉を、久しぶりに本の中に見つけ、思わず私は「おお、アキストゼネコ!」と口に出してしまった。  アキストゼネコ!――私が小学生だった頃、クラスメートの誰か(おそらく女子に違いない)がその恋占いをやり始めたのが、最初に知ったきっかけであった。学級の中でたいへんこれが流行り、複数のクラスメートが真似をし始めて、あちらこちらで休み時間に〈誰彼は私をどう想っているかしら?〉――などといった恋の占いの沙汰にはまってしまったのである。思春期に近づく子ども達の異常なまでの“異性への関心度”は、大人が考える以上に過熱しやすい。  現在において、「アキストゼネコの恋占い」については

昭和の「おむすび探偵団」のこと

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【小学生時代に買った「おむすび探偵団」がひょっこり家の中から発見された】  古い歴史を持つマンカラ(mancala)のボードゲームについて見識を拡げようとしていた矢先――。  自宅の雑貨類を整頓している棚の奥から、ボードゲーム「おむすび探偵団」(野村トーイ)が出てきてすこぶる驚いた。「おむすび探偵団」は、小学4年生だったか5年生の頃におもちゃ屋で買い、その頃はよく友達と遊んだものだが、もう何十年も経ってから、〈そう言えばそんなゲームがあったな〉と思い返すたびに、〈あれはいったいどこへしまってあるのだろう〉と、保管場所が分からないでいたのだ。古い物である以上、既に処分してしまったのだと思い込み、実物を確かめることは諦めていたのだけれど、こういう時に発見されるとは思ってもみなかった。  この間、幻の「おむすび探偵団」を、オークションサイトで手に入れようと企てたこともあった。ところがこれが、たいへんレアなアイテムとなっており、ほとんど出回ることはなく、稀に出品されていたとしても、入札価格が高値すぎて手が出せずにいた。今にして思えば、買わずにいてよかったということになる。 ➤風流なおむすびの知的なゲーム  「おむすび探偵団」は、いったいどんなゲームであったか――。   《カンと推理でおむすびの中味を当てるおいしいゲーム》 とパッケージに記されているこのボードゲームは、1984年に野村トーイから発売された。1984年というと国内では、自民党の中曽根内閣の頃で、3月には江崎グリコ森永事件の最初の事件が勃発し、夏にはロス五輪が開催された。熊本の「からしれんこん事件」というのもあって、その事件の生々しい報道については、かすかに記憶に残っている。  ちなみに近年、「おむすび探偵団」はAndroidやiOSのアプリで再販され、若い人にもこのゲームの存在が認知されているようなのだが、とどのつまり、元祖は84年のボードゲーム版なのである。  パッケージの素材が、リアリスティックというかユニークなのであった。今でこそ主流ではないが、古式所縁の竹細工を模した、プラ製のおにぎりかご(おむすびかご)。  元は竹細工であるこの入れ物には、確たる名称がないようだ。おにぎり入れ(おむすび入れ)とか、おにぎりケース(おむすびケース)と呼んだりすることもある。いつの時代からか、竹細工のおにぎりかごが再び息を

懐かしい「催眠術のカセットテープ」

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【これが幻の「催眠術のカセットテープ」】  何もかもが捏造された流行に先導されていく現代の、そのグローバルな社会構造への警句として、カウンター・カルチャーのうねりが、かつてと比べてとても弱いと感じるのは、私だけだろうか。言うなれば、人が自律的に情報のインプットとアウトプットを相互転換していく過程において、「上書き(Overwrite)」する概念があまりにも忘れ去られてしまっているからなのだろう。  これを簡単に説明する例としてあまり相応しいとは思わないが、学校で使う自分の教科書に、誰かが悪戯して何ヵ所も“落書き”されたとしよう。そういう経験を私自身も持っている。その“落書き”の「先生の似顔絵」には、鼻毛が強調されている。そのうち、私の教科書の“落書き”が評判となって、先生は“鼻毛先生”と揶揄されるようになってしまったのだった。  これはいったいどういうことなのか――。つまり、この教科書は、本来の教科書としての役割以外に、特殊な喧伝の媒体効果をもたらしたということである。“落書き”の視覚的効果によって、他者への軽微な(あるいはもっと実害を及ぼす)心理的影響に関与する新たな情報源として「上書き(Overwrite)」された――ことになるのだ。  こういったことの蓄積が《文化》であり、大雑把に述べれば、これが《文化》というものの必然的カオスなのである。現代のデジタル社会の大きな弱みあるいは欠点は、このカオスが非常に乏しいということ。物事を「上書き(Overwrite)」していくエネルギーが減り、単にコピペするだけで押し通す状況が社会的に増えたということだ。2000年代からの近々の20年間は、そういう意味で、まことに“アレンジ力の乏しい”時代であったと私は感じている。 【少年雑誌などにあったホビー通販広告(めいこう)】 ➤「催眠術のカセットテープ」  話は変わる――。私が小学生だった80年代前半、愛読していたコミック月刊誌の広告にあった、ホビー通販(アイデア通販)の商品カタログの中に、眩いばかりのアイテム「催眠術のカセットテープ」があった。私はそれが欲しく欲しくてたまらなかった。  ちなみに当時は、一般の家庭でオンライン・ショッピングなど全く無い時代である(企業間の取引や国鉄の乗車券販売などは別)。当ブログ 「『月刊少年チャンピオン』のホビー通販」 で紹介した、めいこうの広

ダニー・ボイルがやらかした『ザ・ビーチ』

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【ダニー・ボイル監督の映画『ザ・ビーチ』。主演はレオナルド・ディカプリオ】  挫折感を味わった挙げ句、将来の自分への可能性に絶望し、共感者や理解者が皆無――。そんなふうに私自身が、“独りよがり”な心持ちに打ち拉がれていた“2000年”のあの頃のこと――。  PHSの端末からインターネットに接続し、ほそぼそとワールド・ワイド・ウェブやメーラー・アプリを立ち上げて、なんとか逃げ場としての“コミュニティ”の糸口を図ろうとしていたのは健気だった。しかし、ある映画の主人公が、自分と同じような境遇と心持ちでアジアを旅し、その楽園で快楽の絶頂を極めるのだけれど、そんな快楽は長く続くわけがなく、最後に主人公は、とんでもない痛い思いをして人生の辛苦をなめる――を目撃した時、私は何か、“吹っ切れた”というか、突破口を見出したような気がしたのだった。私がその時観た映画は、ダニー・ボイル監督の『ザ・ビーチ』(“The Beach”)である。 ➤『ザ・ビーチ』との邂逅  『ザ・ビーチ』のあらすじを、DVDにあった紹介文を引用して、掻い摘まんでおく。 《バンコクを旅するリチャードは、安宿でダフィと名乗る奇妙な男と出会った。ダフィは“伝説のビーチ”についてとり憑かれたように語った。そこは、美しすぎるほど美しく、日常のすべてから解放される夢の楽園――。その翌日、一枚の地図を残しダフィは変死していた。手にした地図をコピーし、“伝説のビーチ”行きを決意したリチャード。しかし、それは狂気に満ちた世界の始まりだった――。大ベストセラー小説をダニー・ボイル監督(「トレインスポッティング」)が映画化。斬新な映像と音楽で描くサバイバル・サスペンス》  話が前後するけれど、後年、ピーター・グリーナウェイ監督の映画『ピーター・グリーナウェイの枕草子』(“The Pillow Book”/1996年)を鑑賞し、主演のユアン・マクレガー(Ewan McGregor)がヴィヴィアン・ウーや緒形拳らと共演して、そのエキセントリックかつエキゾチックなストーリーを体当たりで演じていたのに、私は度肝を抜かれたのを憶えている。なんとそのストーリーは、ヴィヴィアンやユアンの裸体に、セイショウナゴンめいたニホンゴの毛筆字体が、つらつらと書き塗られていくのであった。  ダニー・ボイルは、『トレインスポッティング』(“Trainspott

新藤兼人監督の映画『心』

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【新藤兼人監督の映画『心』(アートシアター・パンフレットより)】  今にして思えば、私が幼少期を過ごした昭和の時代(昭和47年以降の1970年代)には、独特の空気が漂っていた。ここでいう空気とは、時代の雰囲気、あるいは気配といっていいのだけれど、少なくとも今の時代より賑やかであったし、そうしたものの象徴として、やや屈折した表現で喩えると、それは、「美しいどぶ」のようなものであった。どぶとは、言うまでもなく、雨水や下水を流す溝のことだ。  私が幼少期の頃に住んでいた団地の、その周囲で流れていたどぶというのは、新興住宅地であったからまだ新しく、清らかな川のせせらぎのようで、ある種の風流を思わせるものであった。底に苔生した碧のゆらめきが艶めかしく見える、それらのどぶは、決して汚い下水という印象はなく、全くもって美しい人工の川だったのだ。――雨の日の昼下がり、とある住宅地の、坂道の片側に流れるどぶを立ち止まって見ていた幼少の私は、これがこの世の人工的な美しさだと直感した。こうしたことが、象徴的な昭和の原風景として、私の眼窩に刻まれている。  話は変わる――。成長して小学生となったのち、その頃テレビの連続ドラマや映画になって話題となっていた、日露戦争を描いた「二百三高地」に心酔した時期があった。それは忘れもしない。「二百三高地」から多分に影響を受けて、私は、乃木将軍(乃木希典)の《殉死》と向き合ったのである。まったく少年期としては、いささか破廉恥な、あるいは不都合な観念の重々しい倫理の皮相に直面していたのだった。  ちょうどその頃、関東圏のローカル放送局(UHF)でたまたま放映されていた、新藤兼人監督の映画『心』(1973年、日本アート・シアター・ギルド)を観た――。原作は夏目漱石の 『こゝろ』 である。その映画における、心理的緊張感を漂わせた映像美に惹かれ、瞬く間に私は、激しい《困惑》を覚えた。何故ならば、そこで描かれていたのは紛れもない、たった一人の純朴な青年が、無惨にも恋と友情に同時に裏切られ、《自死》した姿だったのだから。 【新藤兼人監督(アートシアター・パンフレットより)】 ➤不穏な映画として  林光氏の流暢な音楽が、冷たく、五感を震わせる――。初めてこの映画を観た時、私はまだ小学生であったが、直感したのだった。ひどく不吉な、不均衡な、不調和な映画であると。主演の松

アイリッシュ・ウイスキーとジョイスの話

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【世界最古の蒸留所が誇るアイリッシュ・ウイスキー「キルベガン」】  朝日新聞が毎月第1日曜日に発行する特別紙面[朝日新聞グローブ](GLOBE)のNo.245は、興味深いウイスキー特集だった。その紙面のトップページにあった写真に、思わず私は眼を奪われたのだ。それは、ウイスキー・グラスに注がれた琥珀色の液体が、揚々たる深い海と化し、そこに突き出た南極大陸の氷山を思わせる氷の塊の、なんとも美しい風景――。  この世に存在する桃源郷とは、そのようなものなのだろうか。写真の下に、それとなく村上春樹氏の言葉が添えられていた。 《あらゆる酒の中ではウィスキーのオン・ザ・ロックが視覚的にいちばん美しい》 (『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)』新潮文庫)。  私はしたたかにこのウイスキー特集を読んでから、ジェイムズ・ジョイス(James Joyce)の本を開いた。ウイスキーのオン・ザ・ロックがこの世で最も美しい酒の姿であるとするならば、ジョイスの小説は、男にとっても女にとっても、破廉恥で最も穢らわしい毛皮をはいだ自己の内面の姿を、目の前の鏡の中に見出す瞬間を与えてくれるものであり、その傍らに寄り添うウイスキーは、みすぼらしい本当の《私自身》と“親しい友”でいてくれる、最良の飲み物なのである。  ゆえに私は、心からウイスキーを愛している。 【[朝日新聞グローブ]No.245「ウイスキーの時間」】 ➤GLOBEの「ウイスキーの時間」  特別紙面のウイスキー特集のメインテーマは、「ウイスキーの時間」。コロナ禍で「家飲み」が増えたという。どの国においても、家族や友人知人と共にバーやレストランなどで酒を飲み交わす機会が減ったというわけだ。そんなご時世でも尚、ウイスキーは世界的なブームだそうである。むしろビールやワインとは違い、ウイスキーはもともと孤独を愛する人々が嗜む酒の代名詞であったから、「家飲み」の需要が底上げしたのかも知れない。  とは言いつつも、ウイスキーは近頃、ハイボールという飲み方でもたいへん愛されてきているから、女性が好んで“軽くウイスキーを飲む”という機会が増えているせいなのだろう。  紙面全体の内容を大雑把に要約すれば、スコッチの生まれ故郷以外の国でも――勿論日本も含まれる――新しいウイスキーが次々と誕生しているという。  ここでいう新しいウイスキーとは、伝

陳平さんのエロい『ユーモア・センス入門』

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【ついに手にしてしまった野末陳平著『ユーモア・センス入門 学校職場・家庭を笑わそう』】  その頃私は初代タイガーマスク(佐山聡)の大ファンで、新日本プロレスの試合を中継するテレビ番組「ワールドプロレスリング」(テレビ朝日系列)を毎週欠かさず観ていた。初代タイガーマスクがデビューしたのは1981年4月23日であるから、当時私は小学3年生になったばかりの頃ということになる。  その頃の新日本プロレスの試合をテレビで観ていると、リングサイドの椅子席に、眼鏡をかけた野末陳平氏が腰かけているのを、よく確認することがあった。プロレス愛好家の有名人――というファースト・インプレッションは次第に氷解していって、彼は歴とした政治家(当時は新自由クラブ所属の参議院議員)であるという認識を持つようになり、度々テレビやラジオで活躍する彼を見る機会があったのだ。  ところで野末氏については――それくらいの知識しかない。やはり、プロレス好きの有名タレントという印象が強く、あとは、個人的に本屋へ行くと、どういうわけか野末氏のヘンテコな著作本があちらこちらにあるなあ――といった謎めいた印象が付け加えられるだけで、好きとも嫌いともそういう感情を抱いたことは一度もなかった。  今、Wikipediaを参照すると、彼の本名は野末和彦といい、1932年生まれの静岡出身、早稲田の第一文学部東洋哲学科を卒業した後に、放送作家になられた云々が記してあって、つまり、政治家になる前はそういうことをしていたのだと、今さらながら初めて知ったわけである。  こうして私が小学生時代に入り浸っていた本屋さんでよく目にしていた、野末氏の数々のヘンテコな本を、いまとてつもなく読んでみたくなった――わけである。これは理屈を抜きにした、ちょっとした好奇心だ。あの頃は全く手に取って読むことさえなかった野末氏の本を、ちらりと今、ささやかに冒険してみたくなったのである。 ➤陳平さんのワニの本  その頃よく本屋さんで見わたしていたのが、KKベストセラーズの“ワニの本”シリーズであった。ここに今、シリーズ102の『ユーモア・センス入門 学校職場・家庭を笑わそう』がある。むろん著者は、野末陳平氏である。  初版が昭和43年ということで、意外も何も相当古いと思った。本の外見の体裁は実に慎ましやかに、しかも小綺麗なのである。当時私はまだ生まれていな

『アメリカン・グラフィティ』の夜

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【ジョージ・ルーカス監督の映画『アメリカン・グラフィティ』】  つい先日、ロン・ハワード監督の1995年のアメリカ映画『アポロ13』(“Apollo 13”)を観たばかりであった。その精緻な演出――時代考証であったり人物描写であったり、アポロ13号のミッションで起きた諸々のアクシデントに係わる子細なやりとりを、実に丹念に描いていてお見事と思うのだけれど、ついついそのロン監督の面影が、“メルのドライブ・イン”(Mel's Drive-In)の店内なりネオンなりをバックにした、あるひと組のカップルの若き青年の姿にフラッシュバックしたりすると、もう一度“あの映画”が観たくなる――という衝動に駆られるのだった。  それはつまり、私自身が母校の高校の視聴覚室で『コクーン』(“Cocoon”)の映画を観た時の、〈え? あのスティーヴ青年がこの映画を作ったの?!〉という度肝を抜かれた衝撃は、同じようなフラッシュバックを伴うものであって、ご本人にはたいへん恐縮な話なのだけれど、私の中では今日においても、ロン・ハワード監督は「若き青年のまま」であり、“メルのドライブ・イン”でハンバーガーを食べているスティーヴ青年の印象しかないことは、いかに“あの映画”が強烈であったか、言うなれば、劇薬的なノスタルジーの仕業だとしか、思えないのである。  “あの映画”とは、1973年公開のジョージ・ルーカス監督のアメリカ映画『アメリカン・グラフィティ』(“American Graffiti”)のことである。ちなみにプロデューサーは、フランシス・フォード・コッポラ。製作費は当時にして78万ドルほどの低予算映画だった。 ➤ルーカスが描いた青春群像劇  むしろ今、日本人の若い人は、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の“メルズ・ドライブイン”のそれ――と思い出す人の方が多いかも知れない。いかにもアメリカンな、ベーコンチーズバーガーなどをほおばった後になってから、『アメリカン・グラフィティ』を知ったりするのではないか。  現代においてそういう疑似体験の中で、あの映画の世界を堪能できるとは、まことに羨ましい限りである。ちなみに私が、小学生の時分でこの映画を初めて観、〈これは“アメ車”の映画だ〉――という感想しか思い浮かばなかったのは、ちょっと致し方ないというのか、愚かしいというのか、やはり時代の差

円を描く随想

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【イラレで描いたルーローの三角形(中央部)】  先日、ある医院で新型コロナ(COVID-19)のワクチン接種をした際、看護師さんが私の左腕に貼り付けた絆創膏は、およそ1cm角の正方形に中央の丸い円の形をした不織布製パッドの付いたものであった。ごく普通の絆創膏である。その夜、私は思い出したかのように左腕に貼られていた絆創膏を眺め、程なくしてそれを剥がしたのだった――。  まるで小さな電子部品のボタンスイッチのような形をした絆創膏は、注射針が刺さった際の患部を平穏無事に保護してくれていたわけであり、なんとなくその誇らしげな絆創膏が視界から消えてしまったのを、私は心許なく寂しく思った。  絆創膏に見た、丸い円…。まことに唐突ながら、ここから円の話をしていきたい――。  円とは、言うまでもなく丸いこと、丸い形のものを指す。ちなみに三省堂の『新明解国語辞典』では、次のような理知的な表現で語意と解釈が記されていた。 《コンパスを使って描いた図形のように、どの部分も同一の曲がり具合だと認められる曲線》 。円について、少しばかりこのような数学的な世界に浸ってみたい。 ➤個人的な円にまつわる記憶  小学5年の算数で円周率を習い、6年で円の面積を習う。だがそれ以前に、私の中で、円に関する記憶というのがある。  最も遠い彼方にある円の記憶は、幼少の頃、小学生だった姉が所有していた、透明なプラスチック製のスピログラフ(Spirograph)である。スピログラフとは、曲線の幾何学模様を描くための定規で、紙切れだったかノートだったかは憶えていないが、このスピログラフの定規を使って姉が描き残したのだろう幾何学模様を眺めたのを、かすかに憶えている。それはたいへん美しいアートでもあった。  さらに円にまつわる印象深い記憶というのは、こんなところにもある。  かつてフジテレビ系列の歌番組で、『夜のヒットスタジオ』(司会は井上順、芳村真理)というのがあった。毎週多才なシンガーやグループが登場し、歌を歌い、和気藹々とした明るい雰囲気でポップスやロックや演歌の音楽世界が繰り広げられた。その番組のスタジオ・セット(背景、書き割り)となっていた、アクリル装飾の造形デザインが、黒と白の円のパターン・グラフィックなのであった。  このパターン・グラフィックのデザインは、日本人の美術スタッフの造形なのだけれど、どこと

『駅馬車』の酔いどれ医師と英会話

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【南雲堂の英会話カセットテープより映画『駅馬車』】  酒は映画を誘発し、映画は酒を誘発する――。今、私はジョン・フォード監督の1939年のアメリカ映画『駅馬車』(“Stagecoach”)を観終わったばかりだ。片手には、琥珀色のバーボンの入ったグラスが、ゆらゆらと指の中で踊りながら、室内の灰色の照明光を映し出している。映画の余韻が、この琥珀色の液体の中に、すっかり溶け込んでしまっている。  『駅馬車』。Stagecoach――。子どもの頃は只々、ニヒルなジョン・ウェイン(John Wayne)の格好良さだけに憧れたものである。駅馬車が目的地のローズバーグへ向かう途中、アパッチ族の襲撃に遭い、激走しながら騎馬の群れと壮絶な戦闘を繰り広げるシーンにたいそう興奮したのだった。アパッチのインディアンが撃たれると、激走する馬から転落するスタントがあまりにも見事だった。馬もまたたいへんよく訓練されていて、上手に美しく転げるのである。  今でもその激走シーンの興奮の度合いが劣ることはないが、むしろ今となれば、そうした迫力のシーンとは毛色の違う、大人の男と女の饒舌とつまずきと、そして人生への諦念、あるいは一つの例として、全く頼りがいのない男すなわち酔いどれ医師ブーンの、とうに干涸らびてしまったある種の純粋無垢な心持ちの困惑に――私は惹かれるのであった。そう、私は酔いどれ医師ブーンを、人間として愛してしまっているのだった。 ➤映画を音で愉しんだ少年時代  話をいったん私の少年時代に逆戻しする。  実はこの話は、11年前の当ブログ 「STAGECOACH」 で既に触れてしまっている。したがって、多少話が重複するけれども、小学校低学年の頃、私は、まだ観ぬジョン・フォード監督の『駅馬車』を、ちっぽけなカセットテープの音声で鑑賞していたのだった。  主人公リンゴ・キッドを演じるジョン・ウェインの声は、どうもか細く、しかもほとんど無口に近いので、聴き込んでいない時点では、なかなかジョン・ウェインの声がはっきりと聴き取れなかった。それよりも、馭者のバックを演じるアンディ・ディヴァイン(Andy Devine)の声がやかましく、こちらの声ははるかに通りがよくて聴き易かった。しかしながらあの頃、そのカセットテープを何度も聴いた。  ストーリーの軸となる駅馬車は、アリゾナ州のトントからニューメキシコ州

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