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寺山修司が語る音楽とエロス

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【1983年刊、サントリー音楽叢書③『エロス in Music』】  個人的にここしばらく文学や演劇に関しては、寺山修司に着目し、その周縁の人々や作品に没頭していたいと思った。ごく最近知り得たのは、寺山修司がエロス(肉欲から通ずる愛。性愛)について述べた言説である。寺山と民族音楽の造詣が深い小泉文夫とが、“対談”という形式で、音楽に係るエロスについてのディスカッションを編纂した、ある書籍の企画があった。1983年刊のサントリー音楽叢書③『エロス in Music』(サントリー音楽財団・TBSブリタニカ)である。  はじめにざっくりと、この本のシリーズ――サントリー音楽叢書――について解説しておく。1982年1月に、最初のサントリー音楽叢書①『オペラ 新しい舞台空間の創造』が刊行された。この本の主なトピックスとしては、ドナルド・キーン、山田洋次、大木正興らによる鼎談「オペラへの招待」や、坂東玉三郎と畑中良輔による対談「オペラVS.歌舞伎」など。同年7月には、第2弾となるサントリー音楽叢書②『1919~1938 音楽沸騰』が出る。2つの世界大戦に挟まれた時代の現代音楽をテーマとし、武満徹、諸井誠、山口昌男らによる鼎談「もうひとつの音楽を求めて」、柴田南雄と高階秀爾の対談「現代への投影」といった内容が盛り込まれている。  ところで詳しい経緯は分からないが、いくら調べてみても、1983年刊のサントリー音楽叢書③以降のシリーズは、見当たらないのである。どうもこのシリーズは、わずか2年の間のたった3冊の出版で打ち切りとなったようだ。  この事情を当て推量するならば、3冊目の『エロス in Music』の内容が、当時にしてはあまりにも、強烈かつ斬新すぎたのではないか――。しかし、その内容が決して的外れなものではなく、かなりエロスの本質に踏み込んだ、音楽との係わり合いについて多様な論客を結集した内容であったことは、言うまでもない。ちなみにこの本の表紙の画は、池田満寿夫氏の作品である。本中にも池田満寿夫と佐藤陽子の二人が、「音楽・絵画・エロス」と題し、随筆を寄稿している。 【本の巻頭を飾る対談「エロス in Music」の寺山修司】 ➽寺山修司とは何者か  では、サントリー音楽叢書③『エロス in Music』における寺山修司と小泉文夫の対談――“音楽の中のエロス”――に話を絞ろう。

寺山修司が語る音楽とエロス

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【1983年刊、サントリー音楽叢書③『エロス in Music』】  個人的にここしばらく文学や演劇に関しては、寺山修司に着目し、その周縁の人々や作品に没頭していたいと思った。ごく最近知り得たのは、寺山修司がエロス(肉欲から通ずる愛。性愛)について述べた言説である。寺山と民族音楽の造詣が深い小泉文夫とが、“対談”という形式で、音楽に係るエロスについてのディスカッションを編纂した、ある書籍の企画があった。1983年刊のサントリー音楽叢書③『エロス in Music』(サントリー音楽財団・TBSブリタニカ)である。  はじめにざっくりと、この本のシリーズ――サントリー音楽叢書――について解説しておく。1982年1月に、最初のサントリー音楽叢書①『オペラ 新しい舞台空間の創造』が刊行された。この本の主なトピックスとしては、ドナルド・キーン、山田洋次、大木正興らによる鼎談「オペラへの招待」や、坂東玉三郎と畑中良輔による対談「オペラVS.歌舞伎」など。同年7月には、第2弾となるサントリー音楽叢書②『1919~1938 音楽沸騰』が出る。2つの世界大戦に挟まれた時代の現代音楽をテーマとし、武満徹、諸井誠、山口昌男らによる鼎談「もうひとつの音楽を求めて」、柴田南雄と高階秀爾の対談「現代への投影」といった内容が盛り込まれている。  ところで詳しい経緯は分からないが、いくら調べてみても、1983年刊のサントリー音楽叢書③以降のシリーズは、見当たらないのである。どうもこのシリーズは、わずか2年の間のたった3冊の出版で打ち切りとなったようだ。  この事情を当て推量するならば、3冊目の『エロス in Music』の内容が、当時にしてはあまりにも、強烈かつ斬新すぎたのではないか――。しかし、その内容が決して的外れなものではなく、かなりエロスの本質に踏み込んだ、音楽との係わり合いについて多様な論客を結集した内容であったことは、言うまでもない。ちなみにこの本の表紙の画は、池田満寿夫氏の作品である。本中にも池田満寿夫と佐藤陽子の二人が、「音楽・絵画・エロス」と題し、随筆を寄稿している。 【本の巻頭を飾る対談「エロス in Music」の寺山修司】 ➽寺山修司とは何者か  では、サントリー音楽叢書③『エロス in Music』における寺山修司と小泉文夫の対談――“音楽の中のエロス”――に話を絞ろう。

ロシアケーキと美的な写真の関係

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【中山製菓のロシアケーキ】  先々月、たまたまいただいた 中山製菓 のロシアケーキ(クッキー)が美味しくて、記録に残そうと、つい興奮しながらiPhoneのカメラ・アプリのシャッターを押したのだった。私は甘いものに目がなく、甘いものは皆美しいと感じている。  そう言えば昔は――デジタルカメラがまだそれほど普及していなかった90年代末に遡れば――こんなふうに日常の中で、“今まさに自分が食べようとするもの”をわざわざ写真に収めようなどとは、決して考えなかった。だってそれを誰に見せようというのか――。  ましてや、銀塩カメラのフィルム(24枚撮りとか36枚撮り)を、全て撮り終えたのちにカメラ屋さんに持っていって、DPE(Development Printing Enlargement)で現像してもらい、数日後に焼き付けたプリントが出来上がるのに、いったいどれだけの手間がかかるというのか。その頃「写真を撮る」というのはまだ非日常的な、ちょっとした特別な行為であって、この手間暇に見合う被写体しか、写真は撮らなかったものなのである。  そうなると、“今まさに自分が食べようとするもの”をわざわざ記録しておこうなどという酔狂は、その後の手間暇を考えれば、すっかり興ざめてしまうものなのであった。しかし、今は違う。食べ物であろうと紙くずであろうと、見せたい相手が向こう側(例えば地球上のあちらこちら)にいたりするのである。デジタルカメラもしくはカメラ機能付きケータイを所有していれば、記録した写真はデジタルデータとなるのでいとも簡単に送信でき、InstagramであったりFacebookであったりTwitterなどに投稿し、その欲求なり要請なりが叶うという仕組みである。むろん、たいがいは自己満足の行為にすぎないのだが…。 § 【私淑するmas氏のブログ[mcc blog]】  今のところ、私が長年私淑するmas氏のブログ[mcc blog]( http://blog.livedoor.jp/masmccmmb/ )は現存しているようである(当ブログ 「ピッツァからジャズへ〈一〉」 参照)。その古いブログは、mas氏が自身の備忘録のために投稿した、おおむねスイーツ・レシピ集となっている。  mas氏のそれまでにおける“クラシック・カメラ偏愛”の兼ね合いもあって、彼は比較的、デジタルカメラに移行

アイラ島憧憬―スコッチの源流

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【アイラのシングル・モルト・ウイスキー「ボウモア」12年もの】  旅そのものが敬遠され、その土地の文化の探訪や散策の醍醐味が失われる過渡期に今、差し掛かっているのかも知れない。危機的な状況ではある。いわゆるコロナ禍(COVID-19のパンデミック)の最中に、私はこれを書いている。  今、自前の インディペンデントの小型映画 を製作している関係で、そのストーリーの舞台となるニューヨーク市ブルックリンの街の風情を掌握するために、少々大袈裟に俯瞰してみるべきだと、アメリカ合衆国の植民地時代から建国、南北戦争から20世紀の世界大戦、さらには21世紀における政治史のディテールを網羅した文献を読み続けている。この強大な共和国の歴史を遡れば、その背後にあるのは言うまでもなく、スペインとイギリスである。私自身、少年時代はメディアの溢れる情報によってアメリカに憧憬を抱き、映画と酒においては、英国の風情にすこぶる憧れたものである。それらが私の規定的思念あるいは信念となり、もはや置き換えられぬもの、超えられぬものとしての、人生の大半におけるサブカルチャーそのものなのであった。  食うことと飲むこと、とりわけ酒を飲む――スコッチを飲むという心地良い“ふくよかな夜の時間帯”ともなれば、映画三昧ともなり、文学三昧ともなる。たまには、かつて愛した(もしかすると今も愛している)女性を思い浮かべることもあるだろう。  ヒッチコックで映画術を学び、ジョイスやオスカー・ワイルドで活字の美学に酔いしれたりもする。話をし始めたら、止まらなくなる。それら酩酊の源流であるスコットランドとアイルランドへの旅の思い(机上の旅に近い)は、コロナ禍でさらに実感が湧かなくなりつつも、空想が空想であるがゆえ、夜はさらに闇として深まるのである。  村上春樹氏の、スコットランドとアイルランドにおける《旅愁》の萌芽を、再び読み返してみたくなった――。酒の文化、とりわけウイスキーの醍醐味を味わいたければ、『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』(新潮文庫)を読むといい。 § 【村上春樹著『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』(新潮文庫)】  私はこの本を、もう何年にもわたって耽読している。スコッチを飲み、またはアイリッシュ・ウイスキーへの想いを馳せ、その空想を膨らませるのに最適な読み物なのだ。――今、私の片手には、ボウモ

昭和レトロ探究―健康器具ミラクルミー

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【昭和の健康器具「ミラクルミー」】  小学生の頃、コミック雑誌の広告から影響を受け、様々な通信教育やアイデア通販の玩具を注文したりしていたのが懐かしい。いわゆる昭和レトロスペクティヴの話題である。  昭和レトロ探究――。当ブログにおいては、2004年2月20日付の 「『モリ』ちくのう錠の謎の女性」 でまず当時のアイデア通販の記憶を詮索。ヒサヤ大黒堂、大杉製薬の「『モリ』ちくのう錠」の広告について触れている。2010年11月25日付の 「『月刊少年チャンピオン』のホビー通販」 では、昭和のアイデア通販(ホビー通販)の広告について記述。奇天烈な各々の玩具商品の広告テクストの妙味に酔いしれ、淡々と昭和レトロ探究に励んだ――。個人的に小学生の頃、そうしたコミック雑誌を買っていた学校近くの雑貨店については、 「小学館の学習雑誌の思い出と未来へのファンタジー」 でその面影を写真に残して紹介したこともあった。  敢えて述べてしまえば、昭和レトロ探究における通信教育やアイデア通販のカテゴリーの中で、究極的に私が関心を示しているのは、映画俳優ブルース・リーの「截拳道」(せっけんどう)と「詠春拳・ヌンチャク技法」というかつての通信教育である。当時私は後者の「詠春拳・ヌンチャク技法」をやっていたのであった――。このブルース・リーの通信教育に関しては、現時点でまだ十分な資料が揃っていない。したがって、いずれ資料が揃った暁には、当ブログでじっくりと紹介したいと考えている。そのブルース・リー云々を調べようとしていた矢先、例のアイデア通販の広告の中の、ある奇天烈な商品に目が止まったわけである。健康器具「ミラクルミー」だ。 § 【アイデア通販“めいこう”の広告より。中央に「ミラクルミー」】  今ここにその現物の「ミラクルミー」(MIRACLEMEE)がある(製造元・株式会社コトブキ、総発売元・株式会社ドレプ)。“PATENT・P”すなわち特許出願中(Patent pending)の標記も添えられている。コミック雑誌『月刊少年チャンピオン』1982年2月特大号の巻末に印刷されている、アイデア通販“めいこう”の広告には、このように掲載されている。 《ミラクルミー(ふしぎなくるみ) 勉強がすぐにいやになる人、中の磁気が指先より作用して頭脳に活力を与えます。作家、画家に愛用されている 1,480円》 (『

細江英公の『シモン・ある私風景』〈2〉

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【細江英公『シモン・ある私風景』より荒川放水路・四ツ木橋付近にて四谷シモン】   前回 からの続き。細江英公の代表的な作品といえば、1961年の『おとこと女』、63年の三島由紀夫の身体による『薔薇刑』、69年の土方巽がモデルの『鎌鼬』、84年の『ガウディの宇宙』、2006年に出版された舞踏家・大野一雄の集大成写真集『胡蝶の夢』などがある。  細江作品のアイデンティティーは、まさにウェストン的な試みによって確固たるものとなった。彼は、常にその対象となる“塑像の身体”を求めていたことになる。土方巽や大野一雄といった思索的舞踏家の身体とめぐり合った時、彼の写真作品の万考は一気に花開き、その試みへの客観的評価として、不動の地位を築いたと言っても過言ではない。  ただし、そうした硬派な彼の作品の中で、『シモン・ある私風景』(1971年)だけは、別物である。少なくとも私はそう思う。ウェストン的であろうとなかろうと、そんなことは関係なく、彼の血肉とほぼ同じもの、あるいは潜在的な魂の原野の中から、ぽっと生まれ出た奇跡の作品――と思えるのだ。  私は、この『シモン・ある私風景』がたまらなく好きである。ずっと眺めていたい。真の安寧とは、こういう眼差しへの瞬間を指すのではないだろうか。そこに登場する四谷シモンの、消え失せそうになる(あるいはとうに消えてしまった)シャボン玉の刹那の小さき存在に、優しさと哀しみを込めて心を打たれるのであった。 § 【『シモン・ある私風景』より“鳩の街”にて四谷シモン(1971年)】  アイデンティティーの奥底に眠り続け、細江自身と切り離せないのが、『シモン・ある私風景』である。  私はいま、このモノクロームの組写真を、図録『写真・細江英公の世界』(1989年4月末に渋谷の東急百貨店で開催された「写真・細江英公の世界」展の刊行物)から眺めている。  細江はその図録の中の解説で、この“私風景”を、 《戦後しばらく経った東京の記憶の記録》 と述べている。細江が育った家は東京・葛飾の四ツ木白鬚神社にあって、幸いにも戦災から免れたという。戦後まもなく、山形の米沢に疎開していた彼は東京に戻り、その翌年の春、東京都立第七中学校に入学。寺島町(現在の墨田区の西部)にあった中学校の校舎はその時既に焼失しており、言問小学校(墨田区向島)の3階を借りて授業が始まった。  その小学

細江英公の『シモン・ある私風景』〈1〉

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【細江英公がとらえた四谷シモン。『シモン・ある私風景』より】  昭和の浅草の懐かしい風景写真に眼を奪われていると、そこに四谷シモンがいた――。写真家・細江英公の連作『シモン・ある私風景』(1971年)である。  私はこれまで何度も目にしていたはずなのに、いま、なぜ四谷シモンの「見えざる性」の虜となったのか。細江英公の代表作の一つであれども、これほどこれらの写真に魅了されたことはない。風景と人物とが溶け込んだ、在りし日の“昭和の姿態”に茫然とするばかりで、いま私にとっては、細江英公の作品の中で最も親愛な、心に留め置かれた写真群なのであった。  細江英公。そもそも私は、土方巽や大野一雄といった暗黒舞踏または前衛的な舞踏の舞踏家が好きであった。写真家・細江英公がとらえた、彼らの舞踏の写真による影響が大きい。  そうした細江の写真によって、土方の舞踏とは何なのか、大野の求むる舞踏とは――その一滴の萌芽の光と影――を思考してきたことは、言わば、私の中での舞踏に対する普遍的記憶といっていいだろう。細江の写真に関しては、以前、 「細江英公と『洋酒天国』―第46号再び」 で、ほとんど知られていない貴重な作品(雑誌企画「AN INDIAN & A GIRL」)を紹介した。  しかし、『シモン・ある私風景』は、そうした作品とは一線を画した、まさに極私的な存在なのである。 §  細江は1933年(昭和8年)生まれ。山形県米沢市出身の写真家。彼の作品は、たいへん技巧的かつ重厚な趣のモノクローム写真が多い。  その美意識の源流を辿れば、おそらく1952年、東京写真短期大学技術科に入学後、アメリカの写真家エドワード・ウェストン(Edward Weston)の作品と邂逅した影響が大きいのだろう。ウェストンの作風の、身体性に係る観念の多くを、細江は精力的に吸収し学んだことが、のちの細江作品の方向性を決定付けたと思われる。  細江が傾倒した、エドワード・ウェストンの身体性及びその流儀について、先におさえておきたい。  多木浩二の著書『ヌード写真』(岩波新書)の中に、エドワード・ウェストンの写真についての言及がある。多木氏はここで、「性を消すヌードの芸術」の代表格として、ビル・ブラントとエドワード・ウェストンを挙げているが、まずヌード写真についての定義を踏まえておかなければならない。  ヌード

ネッシーと蘇格蘭とクレイモアの酒〈2〉

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【スコットランドのスペイサイド蒸留所で造られたシングル・モルト「クラガンモア」】   前回 からの続き――。クレイモア(CLAYMORE)のスコッチ・ウイスキーの美味さに引き摺られ、冒険心が駆り立てられて、その味の基調となるキーモルト、すなわちシングルモルトのクラガンモア(CRAGGANMORE)のウイスキーをぜひ飲んでみたいと思った。  クラガンモアは、スコットランドのハイランド地方、ベン・マクドゥイ山麓のスペイサイド蒸留所で造られているウイスキーである。スコットランドが記された地図帳を開き、ハイランドのスペイサイド蒸留所がある辺りを眺めているうち、そこからさほど遠くないところに、縦に長く伸びたような形のネス湖(Loch Ness)があることが分かる。  ネス湖と言えば、泣く子も黙るネッシー伝説の本拠地である。もし行って観察すれば、万に一つの確率でネッシーが現れてくれるのではないか――という好奇心旺盛なネッシー・ファンが、世界中から続々とネス湖へ訪れるようだ。逆にネス湖と聞いて、ネッシー伝説以外で知っていることは、ほとんど何もないとも言える。  ここではネッシー伝説について触れることにする。ただし、忘れてはならないのは、クラガンモアを造る蒸留所が、ネス湖からさほど遠くないところにある、ということだ。 §  20世紀に話題になったUMA(Unidentified Mysterious Animal)=未確認生物は数々あるが、ヒマラヤの雪男やツチノコ、スカイフィッシュなど、目撃者が現れスクープされる度に、その好奇心の熱は世界中の人々に伝播し、さらに多くの目撃証言が追随して報道される、ということが少なくない。  20世紀においてUMAの代表格であったのが、ネッシーである。ネッシーほど、多くの目撃証言が世界を駆け巡った事例はない。このネッシーというのは実は愛称で、ネス湖の怪獣=“the Loch Ness Monster”、ロッホ・ネス・モンスターとかロホ・ネス・モンスターと呼ぶのが正しいというか正統である。ただ、表記上煩わしいので、ここではネッシーという呼び方に統一させていただく。  私が初めて、ネッシーを撮ったとされる著名な写真=水面に浮かんだ“ネッシーの陰”の写真を見たのは、もう4歳か5歳くらいだったかと思う。自宅の部屋の片隅に、ぶっきらぼうに投げ置かれていた雑誌(

ネッシーと蘇格蘭とクレイモアの酒〈1〉

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【私のお気に入りのスコッチ・ウイスキー「クレイモア」】  湿った原野の如く懐かしい匂いを放つ、濃密な二つのアイテム――ある音楽と酒――に、私はいま翻弄され、愛しさの歓喜に満たされている。ロスで活動しているビートメイカー、 ライオンミルクのアルバム ともう一つ、スコッチ・ウイスキーの「CLAYMORE」(クレイモア)である。ここでは、スコッチの話とスコットランドの話をしてみたい。 §  クレイモアの濃厚な旨味を初めて知ったのは、昨年の初夏の頃で、このブレンデッドのスコッチはアレクサンダー・ファーガソン社で造られている。語弊を恐れずに言うと、馴染みのあるバーボンのような、安心感のある濃厚さである。  この独特な濃厚さに付き合っていくと、やがて心地良い睡魔にいざなわれ、この瞬間の絶妙な体感がたまらない。日本人の、特に若い人は、酒というものをことさら「馬に与える興奮剤」のように扱うが、それはとんでもない間違いである。このクレイモアのように――むろんこれはあくまで主観的感想ではあるが――紳士淑女の如く穏やかで、程よい時間に眠気を誘ってくれるといった、日常の礼節を重んじるブレンデッド・ウイスキーにおいては、本来的にピート(泥炭)のスモーキーフレーバーを想起させながら、その旨味の情趣を導き、文化人の生業として《善き友》となることを教えてくれるのであり、言わば親密なる精霊なのである。もっと奥深く言うなれば、種族的文化人に寄り添う親密な――全くの精霊なのだ。  クレイモアのキーモルトは、スペイサイド蒸留所で造られるクラガンモア(CRAGGANMORE)である。何やら神秘的な香りが漂ってきた。シングルモルトのクラガンモアへの関心も、こうして高まってくる。スペイサイド蒸留所は、ハイランド地方にあるベン・マクドゥイ山の西麓に位置し、それより北西に位置したところに、あの有名な、ネス湖(Loch Ness)がある。ネス湖と聞けば、 ネッシー伝説 を思い出すが、その話はまた 後述 する。  ところで私の幼い頃、どこからか“イギリス”と耳にし、誰かが“イギリス”の話をすれば、それはすなわち、イングランドではなく、スコットランドのことだった。いまにして思えば――である。ただしこのことは多少、誇張があることは承知している。が、やはりよくよく考えてみても、強いて言えばそれはロンドンを指し、それ以外のこと

映画『第三の男』

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【キャロル・リード監督『第三の男』4Kデジタル修復版DVD】  キャロル・リード(Carol Reed)という偉大なる監督の名も知らなかった中学生の頃、同監督の映画『邪魔者は殺せ』(じゃまものはけせ/“Odd Man Out”、1947年作品)をテレビ放映で鑑賞し、録画したビデオテープを何度も観、悲しく痛ましい主人公のジョニー役を演じた若きジェームズ・メイソンの演技に魅了――という思い出がある。すこぶるぞくぞくした映画であった。もうそれは35年も前の話で、たいへん古い話で恐縮なのだけれど、“映画狂”だった少年時代がとても懐かしい。  その頃には既に、チャールズ・チャップリンだとかフレッド・アステアなどのモノクロームの名画はたっぷりと鑑賞していたので、特に英国のクラシックな映画作品を観ることに、なんのとっかかりもなく、むしろ海外の児童文学の如き面白さの中毒性があった。  ただし、キャロル・リード監督の作品としては一般的に――当然ながら――1949年の『第三の男』(“The Third Man”)の方がはるかに有名だと思われる。そんなことは露程も知らずに、あの当時、『邪魔者は殺せ』にのめり込んでいたわけだ。私自身が『第三の男』の世界的な名声やら評判に気づいたのは、どういうわけだかだいぶ後年であり、おそらく二十歳を過ぎてもまだ、この映画の真価に触れていなかったのではないか。こうして振り返ると、『第三の男』を全く素通りしていたことに、“映画狂”の虚栄心が聞いて呆れる話である。 §  『第三の男』――。映画史上、最も映画らしく振る舞い、その真髄の希釈を無数の未来作品に付与した傑作中の傑作。監督キャロル・リード、主演はジョゼフ・コットン、アリダ・ヴァリ、オーソン・ウェルズ、トレヴァー・ハワード、バーナード・リー。  この映画は1949年の英国アカデミー賞の作品賞を受賞し、同年の第3回カンヌ国際映画祭のグランプリも獲得。さらに1950年のアカデミー賞では撮影賞を受賞。日本での評価では、1952年のキネマ旬報ベスト・テンで外国映画第2位を獲得している――。ちなみに、52年のキネマ旬報ベスト・テンの日本映画部門の第1位は黒澤明監督の『生きる』であり、外国映画の第1位はチャールズ・チャップリン監督の『チャップリンの殺人狂時代』(“Monsieur Verdoux”)であった。さらに思い

恐怖の心霊写真ふたたび

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【静岡県掛川市の大庭さんの写真。昭和49年撮影】  いま、私自身の個人的な創作活動の中で、モチーフの一つとして、“オカルト”的な要素を必要とした経緯があり、その方面の文献資料をむさぼり読んでいる。そもそも“オカルト”(occult)とはどういう意味だろうか。辞書を引くと、こうある。 《神秘的・超自然的な現象。念力・テレパシー・心霊術など》 (『明鏡国語辞典』第二版)。 わかりやすい言葉で簡潔に述べれば、「超常現象」のことである。  さらに付け加えて書いておくと、私が主に調べているのは、ヨーロッパの古代ケルト人のことだったりする。ケルト人の一派(Gallia)のその社会的体制においては、ドルイド(Druid)という知識層の特権階級があり、その祭司と、ウァテス(Wotes)というその下位集団にあたる自然科学・天文学をもとにした占い師の政治的関係から、現代にまで知られているような“オカルト”――神秘主義や「超常現象」――の皮相の因果は、この古代ケルトに遡ると仮説を立ててみることができ、たいへん関心の度合いが熱を帯びてきて面白いのである。  そうした史学的な背景を踏まえたうえで、「超常現象」の一つであろう心霊現象、そのうちの顕著な肉眼的表象ともなる媒体=心霊写真というものに今一度、関心を寄せてみようと思う。敢えて先に申し上げるとするならば、「超常現象」の媒体というものは、常に政治的な様相をはらんでいる――ということだ。 § 【中岡俊哉編著『続 恐怖の心霊写真集』(二見書房・サラブレッド・ブックス)】  こうした「超常現象」(一般的には“怪奇現象”という言い方もできる)の研究の分野における戦後日本で、能動的な活動を促し、かつメディアに度々出没して一世を風靡した方々が幾人かおられることは、承知の通りである。中でも特に有名なのは、心霊現象や超能力研究家として知られる中岡俊哉先生である。テレビで拝見してきた中岡先生の、黒縁の眼鏡はたいへん印象的だ。中岡先生は、あらゆるメディアを通じ、一般の視聴者などから送られてくる、心霊現象をとらえた写真=心霊写真の鑑定を続けてきた。かつて、テレビや雑誌などで、そうした心霊写真の“鑑定モノ”の特集番組や記事が度々組まれ、人気を博したわけである。  私の少年時代の愛読書であった中岡先生の代表的な出版本『続 恐怖の心霊写真集』(二見書房・サラブレッド・

ライオンミルクさんのフォンドボー

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【Lionmilkのアルバム『Depths Of Madness』】  2度目の緊急事態宣言下の定点観測――。ウイルス感染拡大防止の重大局面として、切迫したただならぬ様相とは言えども、既に政治は愚鈍化(政治家が愚鈍化)し、地球全体が愚鈍と化してしまっている。おおよそ、人間の知的な感覚(=知性)の後退期とも思えなくもない。社会は度重なる抵抗と服従による災厄の、右往左往の日々が続いている。言うまでもなく、コロナ禍である。人々の先々の展望は、10メートル先の針穴を見るようにとらえづらい。  ところで私が最近、聴き始めてから意識的に“定着”してしまっている海外の音楽がある。モキチ・カワグチさんのLionmilk(ライオンミルク)名義のアルバム『Depths Of Madness』(ringsレーベル/Paxico Records/2018年)である。モキチ・カワグチさんは、アメリカ・ロサンゼルス出身の日系アメリカ人ビートメイカーで、アルバム自体は、自由気ままな、少々ゆったりとした、エレクトロ系の人工的な解釈によるジャズとフュージョンの、言わば“fond de veau”(フォンドボー)のようなサウンドである。これを私は毎夜聴くことにより、多少なりとも、不穏な日々の精神安定剤となり得ている。 §  彼と彼の音楽について、ringsレーベルのプロデューサーの原雅明氏による短い解説にはこうある。 《ロサンゼルス生まれの日本人キーボード奏者モキチ・カワグチは、ニューヨークの名門ニュースクール大学でジャズ・ピアノを学び、Lionmilk名義ではシンガーソングライターでありビートメイカーでありマルチ奏者でもある多彩な顔を見せる。この才能豊かな24歳の音楽、本当に要注目です》 (『Depths Of Madness』ライナーノーツより引用) 【月刊誌『Sound & Recording Magazine』2019年12月号より】  月刊誌『Sound & Recording Magazine』(リットーミュージック)2019年12月号には、ロスのウェストレイク・ヴィレッジにある彼のプライベート・スタジオでのインタビュー記事が掲載されていた。  私はそれを読んで知ったのだけれど、彼の所有するエキセントリックなローファイ機材(ヴィンテージのエレピ、チープなリズムマシン、宅録用